デジタル版「実験論語処世談」(11) / 渋沢栄一

14. 木戸先生と大久保卿

きどせんせいとおおくぼきょう

(11)-14

 維新当時桂小五郎と称した木戸孝允先生は、江藤新平さんや黒田清隆伯なぞとは全く性行の異つた方で、他人と争ふ事なぞは殆ど無かつたものである。私は木戸先生と親密の御交際を願つたわけでも無いがその平素の性行より察するに、何事に接しても時期を待つといつたやうな態度で、縦令自分の意見が行はれぬからとて、他人と争つてまでも無理に之を通さうなぞとはせられず、成行に任せて置き、静に形勢を観望して時節到来を気永に待つて居られたものであるかの如くに思はれる。
 大久保卿は私と争ひ、私が大久保卿と争つた事のある次第は、これまで談話したうちにも詳しく申述べ置いた通りであるが、あの場合は私が、大久保卿が財政の事に碌々通じもせぬ癖に、勝手気儘の意見を主張するものと考へて反対したのと、又大久保卿が薩摩人の性癖から私の卒爾として反対意見を述べたのを癪に障へ、生意気な事を云ふ若輩だと思はれたのから起つた争ひで、寧ろ大久保卿一生の性行中で例外に属すべきものである。大体から其平素を謂へば、大久保卿は江藤さんや黒田伯とは異つて、容姿の閑雅な、挙動に落付いた処のあつた方で、容易に他人と争はれるやうな事をせられなかつたものである。私と争つた場合の事に就て謂へば、若し大久保卿にいま一段と大きな性格がありさへしたら、あの場合にも私などと争はず、私の言ふ処にも理があるから、一つその意見を訊し詳細を聞いてやらうとの気を起され、私と争ふ如き児戯に類する事をせられなかつた筈だと思ふのである。ここが木戸先生と大久保卿との異る処である。

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木戸孝允, 大久保利通
デジタル版「実験論語処世談」(11) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.22-30
底本の記事タイトル:二〇七 竜門雑誌 第三三五号 大正五年四月 : 実験論語処世談(一一) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第335号(竜門社, 1916.04)
初出誌:『実業之世界』第12巻第24,25号,第13巻第1号(実業之世界社, 1915.12.01,12.15,1916.01.01)