デジタル版「実験論語処世談」(67) / 渋沢栄一

18. 天下の為めに憂苦をなす

てんかのためにゆうくをなす

(67)-18

子路宿於石門。晨門曰。奚自。子路曰。自孔子[孔氏]。曰。是知其不可。而為之者与。【憲問第十四】
(子路石門に宿る。晨門曰く。奚れよりす。子路曰く孔子[孔氏]よりす。曰く。是れ其の不可なるを知りて之れを為す者か。)
 本章は、晨門が孔子の憂世の真意を知らないで冷評したことを叙したものである。
 石門は魯の城の外門の名、晨門は晨に門を開くを司どる所の門番を称するのであるが、蓋し此の者は老荘の流れを汲む賢人で、此の卑しい職に隠れて居つて此の言をなしたのである。
 嘗て子路が、魯の城の外門である石門に宿つて、朝門の啓くを待つて門内に入らんとすると、門番は子は何処から来たのであるかと問うた。子路は孔氏から来たのであると答へた。すると晨門は、孔子は今の世の為すことの出来ぬを知りながら、之れを諦めもせず、天下に奔走して道を行はんとして止まない者であらうと冷評した。晨門は老荘の流にして独り自らを善くすることに満足して、孔子の如く天下の為に憂苦することを知らずに居る者である。
 私は、長年商業道徳――いはゆる経済と道徳とは一致せねばならぬと云ふことを言つて居る。併し私の言うたことが果して世間で行つて呉れて居るかどうか。或は私の言ふことは、無用の努力であると誹つて居るかも知れない。けれども、私は小さくとも天下を善くしようと考へて居る。小さくとも善い事ならば、行へばそれ丈け天下の為になる。ある種の急激な人達は、そんなことが直つた所で仕様がないではないかと言ふかも知れない。が併し全部の人が正しいことを行はんでも、一部でも何部でも直れば直つた丈けそれ丈け善い訳である。
 今や選挙が終り、選ばれた四百幾十人の代議士が自ら国家の選良であると思つて居つても、本当によい人は四百幾十人の中四五人位のものかも知れぬ。それだからと云つて全部の代議士が悪いと云ふことは出来ぬ。又一年三百六十五日悪い事をするよりも、一日でも十日でも善い事をすれば、それ丈国家の為に善いのである。
 孔子は長い間天下の為に道を説かれたが、之れに報いられたことは至つて少なかつた。それだからと云つて、世を避けて自ら独りを善くして得たりとして居なかつた。幾らかでも道が行はれると、行はれる丈け善いとしたのは、孔子の考へのえらい所である。
 現内閣は思想善導だ綱紀粛正だなど言つて居るが、内閣自身果して之れを言ふ資格があるかどうかは疑問であるけれども、之れをやることは悪い事ではないからやるがよい。全部直らんで幾分でも直るのがよい、又自分一人でも之れを直して行くと云ふ事は善いことに違ひない。尤も如何なる善事でも一時に之れを行ふと云ふことは六ケしい。故に小なる善事を段々に積んで大なる善事をなすがよい。いかぬと知つて敢て之れを為すと云ふことは、勿論大いに非難せねばならぬ。

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デジタル版「実験論語処世談」(67) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.597-609
底本の記事タイトル:三六九 竜門雑誌 第四三二号 大正一三年九月 : 実験論語処世談(第六十五《(七)》回) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第432号(竜門社, 1924.09)
初出誌:『実業之世界』第21巻第4-7号(実業之世界社, 1924.04,05,06,07)