デジタル版「実験論語処世談」(67) / 渋沢栄一

9. 譎詐百出を以て手腕の人とす

きっさひゃくしゅつをもってしゅわんのひととす

(67)-9

子曰。不患人之不己知。患其不能也。【憲問第十四】
(子曰く。人の己を知らざるを患へず。其能くせざるを患ふ。)
 本章は、己れを修むることを言ふ。此の章は少しく文を異にして学而篇、里仁篇、衛霊公篇などにも出て居るので、殆ど講義を要することはない。
 一体人は己れを人に知られんことを願ふよりも、為すことの出来ないことを心配しなければならぬ。そしてかう云ふ風に物事を考へれば間違ひと云ふものはない。人に知らせるやうなものがないのに、之を知らせようとするのは、或は人情の弱点かも知れないけれども、君子は之を大なる恥として居る。
 然るに世の中には譎詐百出以て誤間化して居るものが多い。而もかう云ふ者を以て智慧者である、手腕がある、えらいものであると云ふ風に見て居るものが少くない。故にかうして嘘、偽りを云ふ者が益々跋扈するやうになる。政治界にしても実業界にしても、本当に国家の為に尽さう、社会の為に自己の生命をも打込んでやると云ふやうな真剣になれない、真面目になれない。不真面目、不誠意は皆これから出て来るのである。

全文ページで読む

デジタル版「実験論語処世談」(67) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.597-609
底本の記事タイトル:三六九 竜門雑誌 第四三二号 大正一三年九月 : 実験論語処世談(第六十五《(七)》回) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第432号(竜門社, 1924.09)
初出誌:『実業之世界』第21巻第4-7号(実業之世界社, 1924.04,05,06,07)