デジタル版「実験論語処世談」(67) / 渋沢栄一

4. 自ら修めず人を治めんとす

みずからおさめずひとをおさめんとす

(67)-4

子曰。不在其位。不謀其政。【憲問第十四】
(子曰く。その位に在らざれば、その政を謀らず。)
 本章は泰伯篇に出て居るが、後の章と連絡があるので出したのである。
 孔子の時代に於ては、その位になければその政を謀ることは出来なかつたから、この章句も必要であつた。けれども、今日の如く時勢が幾変遷をして居ると、之を何時までも遵奉しなければならぬことはない。孔子の時代には今日の代議士などはなかつたが、今日は之れ等によつて政治が謀られて居る。又国民も既に参政権を有するのであるから、この章句は何時も当て嵌まるものと見ることが出来ない。
 唯此孔子の章の精神に照して云へば、今日、自身を修めることが出来ない癖に人を治めんとする人の多いことである。私の処へ来る人達の中にも、何を改革するとか、之れを救済しなければならぬとか、大それた計画を立てる者も居るけれども、自分さへ修めることが出来ないで、どうして人を治めることが出来よう。
 併しそんな人の出ると云ふのも、一般の風潮からであるから、自らかうならざるを得ない訳であらう。若し今日孔子をしてこの様な状態を見せしめたならば、どんなに大なる迷惑を感ずることであらう。

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デジタル版「実験論語処世談」(67) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.597-609
底本の記事タイトル:三六九 竜門雑誌 第四三二号 大正一三年九月 : 実験論語処世談(第六十五《(七)》回) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第432号(竜門社, 1924.09)
初出誌:『実業之世界』第21巻第4-7号(実業之世界社, 1924.04,05,06,07)