デジタル版「実験論語処世談」(65) / 渋沢栄一

10. 知行合一を欠く今日の政党

ちぎょうごういつをかくこんにちのせいとう

(65)-10

 王道を布き、仁政を行ふと云ふことは、知行合一の実際化したことであるが、此の知り且つ行ふと云ふことは、言ふことは容易であつても、実際は仲々六ケしいものである。為に知り且つ行ふと云ふ説は何時しか忘れられて、知る者は単に知る丈けのことになり、行ふ者は単に行ふと云ふ丈けの事になつた。換言すれば、知る者は学者となつて理論のみに走ることになり、行ふ者は実際家と称して、如何なる道理によつて之れを実際に行はなければならぬかと云ふことを知らずにやると云ふ風になつた。然るに孔子は知と行とは別々に考へなかつた。学問と事実を行ふと云ふことは相並行すべきものとして、種々なる教へを説かれて居つた。
 若しも今日、政党にして、真に正しき考へや正しき知を以て之れを行はんことに心掛けたならば、日本の今日の政治は正しき政治が行はれて居ねばならぬ筈である。正しくないことによつて党の利益を図り党利の為に正しくないことを行ふことは、日本の政党界の現状ではないか。即ち党利の為にある利権を与へ、そして正しくないことを行ふのであるから、何時までも政党は正しきことを行ふことが出来ないやうになる。
 之れは独り政治界はかうであるばかりでなく、経済界にもある。政治に道徳が行はれず、経済にも道徳が行はれて居ない。即ち政治にも経済にも道徳が離れて居つては、政治も経済も順調に進んで行くものでないと思ふ。

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キーワード
知行合一, 欠く, 今日, 政党
デジタル版「実験論語処世談」(65) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.561-575
底本の記事タイトル:三六五 竜門雑誌 第四三〇号 大正一三年七月 : 実験論語処世談(第六十三《(五)》回) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第430号(竜門社, 1924.07)
初出誌:『実業之世界』第20巻第4-8号(実業之世界社, 1923.04,05,06,07,08)