デジタル版「実験論語処世談」(65) / 渋沢栄一

18. 速成、小利に囚はるる勿れ

そくせい、しょうりにとらわるるなかれ

(65)-18

子夏為莒父宰。問政。子曰。無欲速。無見小利。欲速則不達。見小利則大事不成。【子路第十三】
(子夏莒父の宰となり、政を問ふ。子曰く、速ならんを欲することなかれ。小利を見ることなかれ。速ならんと欲すれば即ち達せず、小利を見れば即ち大事ならず。)
 本章は政治の速なるを欲したり、小利に囚はれたりすることの不可なるを説いたものである。子夏が莒父の宰となつた時に、政治はどうすればよいかを孔子に問うた。すると孔子は、政治をなすには事を速にしようとしてはいかぬ。又目前の小利に目が眩むやうではいかぬ。早く事を仕遂げようとすれば、却つて政治の目的を達することが出来ないことになる。諺に急がば廻れと云ふことは、急ぐことによつて事の成らざるを誡めたのである。目前の小利にクヨクヨしたが為に、折角の大事もなし遂げることが出来ずに仕舞ふものである。
 斯の如き速成、小利の為に失敗を招くのは、独り政治上ばかりでなく、経済界、銀行、会社などの事業にも多く見る事実である。私は実例に就ての指示を憚るけれども、如何に此の事によつて、銀行、会社の任務を果すことが出来なかつたり、或はそのやうな境遇に置かれたものは少くないと思ふ。私は急ぐことによつて大事を誤ることが多いと思ふし、又小利の為に大局を見ることが出来なかつたりする、故に事々物々に就ても此の速成、小利と云ふことは大禁物である。

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デジタル版「実験論語処世談」(65) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.561-575
底本の記事タイトル:三六五 竜門雑誌 第四三〇号 大正一三年七月 : 実験論語処世談(第六十三《(五)》回) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第430号(竜門社, 1924.07)
初出誌:『実業之世界』第20巻第4-8号(実業之世界社, 1923.04,05,06,07,08)