デジタル版「実験論語処世談」(65) / 渋沢栄一

20. 居処恭と私の境地

きょしょきょうとわたしのきょうち

(65)-20

樊遅問仁。子曰。居処恭。執事敬。与人忠。雖之夷狄。不可棄也。【子路第十三】
(樊遅、仁を問ふ。子曰く。居処には恭に、事を執りては敬、人と与して忠ならば、夷狄に之くと雖も棄つべからず。)
 本章は仁の徳を恭、敬、忠の三段に説いたものである。即ち樊遅が孔子に対つて仁を問うたのに対して、平生何事をなさぬ時でも、恭謹でなければならぬ。又事に当つて為す時には、専心で、決して粗略であつてはならぬ。集中無敵と云ふことは、事に当つて敬であつて始め[て]出来ることである。又人に交るに忠信でなければならぬ。忠は忠恕とも忠信とも云つて、文字の如く忠にあることである。人は苟もこの仁の心を以て居れば、礼儀も道もない夷狄の地へ行つても、棄てられることはない、と説かれた。
 然らば、之れを今日の人に対しては如何なる考へがよいかと云ふに勿論仁のみならず、色々欠陥はあるけれども、今日の場合も之れがよいかと思はれる。
 事がなくて家に居る場合でもあくせくして少しもゆつたりして居ることがない。私なども常に仁を心掛けて居ながら、居処恭の境地に達することが出来ず、この老人になつても家に居ることが出来ない状態である。併しながら外に出て事を執つては敬に、人と交はるに忠なることを期して居る。

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デジタル版「実験論語処世談」(65) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.561-575
底本の記事タイトル:三六五 竜門雑誌 第四三〇号 大正一三年七月 : 実験論語処世談(第六十三《(五)》回) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第430号(竜門社, 1924.07)
初出誌:『実業之世界』第20巻第4-8号(実業之世界社, 1923.04,05,06,07,08)