デジタル版「実験論語処世談」(65) / 渋沢栄一

12. その位に久しからずんば不可

そのくらいにひさしからずんばふか

(65)-12

子曰。如有王者。必世而後仁。【子路第十三】
(子曰く。如し王者あらば、必ず世にして後に仁ならん。)
 本章は王者と云へども歳月を経なければ仁沢が及ぶことが難いと云ふことを言はれたのである。湯武のやうな聖人が出ても、今日の如き礼楽倫理の乱れた世には之れを治むることは容易でない。併し聖人が三十年の久しきに亘つて治めたならば、治化成就して国民を帰服せしむることが出来るであらうと言はれた。
 明治の政治も五十年の久しきに亘つたのであるが、その政治の成績が期待したやうに甘く進んで行かないのは、その政治の職に当るものが良くないからである。御聡明なる明治大帝を上に戴いてさへも斯の如き状態である。之れを思うても、孔子の言の今更の如く感ぜざるを得ない。
 如何に偉い人が政治に当つたとしても、之れに借すに永い時日を以てしないと、到底その功を奏することは出来るものでない。後藤子爵は如何に偉いと云つても、東京市政に携つたのは僅かに三年である。此の僅かの期間で、あの複雑した市政を爕理し、自己の抱負を行ふことは至難なものである。故に政治をなすには宜しくその久しきに堪へ一世にして仁ならんの覚悟を有するものでなければならぬ。

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デジタル版「実験論語処世談」(65) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.561-575
底本の記事タイトル:三六五 竜門雑誌 第四三〇号 大正一三年七月 : 実験論語処世談(第六十三《(五)》回) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第430号(竜門社, 1924.07)
初出誌:『実業之世界』第20巻第4-8号(実業之世界社, 1923.04,05,06,07,08)