デジタル版「実験論語処世談」(65) / 渋沢栄一

17. 近きよりする政治

ちかきよりするせいじ

(65)-17

葉公問政。子曰。近者説。遠者来。【子路第十三】
(葉公政を問ふ。子曰く、近き者説《よろこ》び、遠き者来る。)
 本章は政治をなすに順序あることを説かれたのである。即ち政治をなすには先づ近き者から徳を施して悦服せしむると、遠き者もその徳を慕うて来るものである。故に必ず近きより始めなければならぬ。けれども仲々その順序は正しく運ばれて行かない。私などの如く個人であると、家族、朋友、社会と云ふ順序を辿らなければならぬものである。大学にも「物に本末あり、事に終始あり、先後する処を知れば即ち道に近し」とあるのも、近きより遠きに及ぼせと云ふことを教へたのである。
 処が之れを実際になつて見ると仲々六ケ敷い。私などもどちらかと云へば、家を粗略にして人の事を重んずる傾きがある。その順序を謬らず均衡宜しきを得ると云ふことは望ましいことであるが、仲々六ケ敷しい。言はば内が主となり勝ちになつたり、外が主となり勝ちになつたりして能く行かぬものである。私なども実際一方に偏して居ることを知つて居ても之れを矯正して均衡宜しきに至り兼ねて居る。君の国を治めるにその順序を正しくする事は六ケしいものとされて居る。

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デジタル版「実験論語処世談」(65) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.561-575
底本の記事タイトル:三六五 竜門雑誌 第四三〇号 大正一三年七月 : 実験論語処世談(第六十三《(五)》回) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第430号(竜門社, 1924.07)
初出誌:『実業之世界』第20巻第4-8号(実業之世界社, 1923.04,05,06,07,08)