デジタル版「実験論語処世談」(66) / 渋沢栄一

23. 須らく賢才を見出せ

すべからくけんさいをみいだせ

(66)-23

子言衛霊公之無道也。康子曰。夫如是奚而不喪。孔子曰。仲叔圉治賓客。祝鮑[祝鮀]治宗廟。王孫賈治軍旅。夫如是奚其喪。【憲問第十四】
(子、衛の霊公の無道なるを言ふ。康子曰く。夫れ是の如くして奚喪《ほろ》ぞびざる。孔子曰く。仲叔圉は賓客を治め、祝鮑[祝鮀]は宗廟を治む、王孫賈は軍旅を治む。夫れ是の如し、何ぞ其れ喪びん。)
 本章は、その君が無道であつてもその臣下に賢才があつて之れを治めて居ると、君位を保つて居ることが出来ることを言つたのである。
 孔子が衛の霊公の無道であることを談ずると、季康子は之れに対して、然らばその位を失はなければならぬ筈であるのに、何故にその位を喪はないであらうかと問うた。孔子は霊公の私行は無道であるけれども、その臣下たる仲叔圉は賓客に接して外交のことを治め、祝鮑[祝鮀]は宗廟に仕へて祭祀教育を治め、王孫賈は軍旅を整へて兵備に当つた。斯く才能のある者を用ゐて、その局に当らしめたが為に、霊公の如き私行が無道であつても、矢張りその位を失はずに居ることが出来る。斉桓の覇は一代で失ひ、晋文の子孫に伝へたのは賢臣の多少によるものである。
 孔子は衛公の引例によつて、季康子に賢才を用ゐなければならぬと諷した。故に人を知るの明があれば能く一国を治むることも出来る訳である。若し人を知ることが出来れば、自分は無能であつても能く治まつて行くのは、丁度衛の国の治まつて行つたやうなものである。
 このやうな例は独り国の政治のみでなく、銀行、会社などにも能くあることである。之れは明白に言ふことは出来ぬけれども、実際、会社銀行が景気が悪く借金があつたりして居るが、下の者の遣り方が甘い為に、能く世間にも暴露されず、遂には之れを立直して行つたといふことがある。之れは上に居るものは悪いけれども、人を知るの明があつて賢才を用ゐたからである。又政府の監督して居る会社で実際その内容が悪くとも、政府が監督して居る為良いことがある。故に実際仕事に当る者は、人を知るの明があつて、賢才を見出すことが非常に必要な又大事なことである。

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デジタル版「実験論語処世談」(66) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.575-592
底本の記事タイトル:三六六 竜門雑誌 第四三一号 大正一三年八月 : 実験論語処世談(第六十四《(六)》回) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第431号(竜門社, 1924.08)
初出誌:『実業之世界』第20巻第9,10号,第21巻第1-3号(実業之世界社, 1923.09,11,1924.01,02,03)