デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.6.13

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
3節 其他ノ教育関係
16款 江原奨学資金
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治45年6月1日
(1912年)
第46巻 p.5-8(DK460001k)
是ヨリ先、麻布中学校校長江原素六、古稀ヲ迎ヘ、更ニ是年四月貴族院議員ニ勅選セラル。友人等発起委員トナリ、是日、麻布中学校ニ於テ祝賀会ヲ開催ス。栄一、出席シテ祝辞ヲ述ブ。
大正7年5月
(1918年)
第46巻 p.8-10(DK460002k)
是年、麻布中学校校長江原素六喜寿ニ当レルヲ以テ、是月ソノ祝賀トシテ、有志等江原奨学資金金二十万円ノ募集計画ヲ発表ス。栄一、大隈重信・伊東巳代治・後藤新平等ト共ニ之ガ発起人トナリテ斡旋ス。
17款 財団法人静岡育英会
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
大正7年9月
(1918年)
第46巻 p.11-13(DK460003k)
当会ハ明治十八年創立、専ラ旧幕臣ノ子弟育英ニ当ル。大正六年十月、其規則ヲ改正シ、事業ノ範囲ヲ広ク静岡県人ノ子弟ニ及ボス事トナシ、栄一ニ顧問ヲ依嘱ス。是月栄一、之ニ就任ス。
大正11年9月26日
(1922年)
第46巻 p.13-16(DK460004k)
是年七月、当会総会ノ決議ニ基キ、財団法人設立ノ件ヲ主務省ニ申請、八月二十三日認可ヲ得。仍ツテ其寄付行為第八条ノ定ムル所ニ依リ、是日、新ニ栄一ニ顧問ヲ依嘱ス。栄一、之ヲ諾シ、在任歿年ニ及ブ。
大正15年11月
(1926年)
第46巻 p.16-20(DK460005k)
是ヨリ先、大正十一年八月、当会総裁徳川家達・会長平山成信等、新ニ基金百万円ノ募集ニ着手セシガ、関東大震火災ノタメ一時頓挫ス。是月、再ビ募集ヲ開始スルヤ、栄一、顧問トシテ之ニ与ル。別ニ当会明徳寮建設費トシテ金三千円ヲ寄付ス。
昭和6年11月15日
(1931年)
第46巻 p.20-21(DK460006k)
是月十一日栄一歿ス。是日葬儀ニ際シ、当会ヨリ弔詞ヲ贈ル。
18款 社団法人東北学院
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
大正8年3月1日
(1919年)
第46巻 p.22-26(DK460007k)
是日栄一、当学院拡張費募集ニ尽力シテ得タル寄付金五千百円(内栄一分金千円)ヲ院長ディー・ビー・シュネーダーニ手交ス。二日、仙台市ニ大火アリテ、当学院類焼ス。
大正11年11月10日
(1922年)
第46巻 p.26-29(DK460008k)
仙台市大火ニ類焼シタル当学院復興ニツキ、是日東京銀行集会所ニ当学院院長ディー・ビー・シュネーダー主催招待会開カル。栄一寄付ニ応ジ、十二月二十九日当学院ハ栄一ニ感謝状ヲ贈ル。
大正12年4月21日
(1923年)
第46巻 p.29-32(DK460009k)
是日栄一、当学院中学部校舎再築落成式ニ際シ、祝辞ヲ寄ス。
大正15年5月15日
(1926年)
第46巻 p.32-37(DK460010k)
是日栄一、当学院専門部校舎新築費トシテ、金千円ヲ寄付ス。
19款 亜細亜学生会
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
大正10年9月
(1921年)
第46巻 p.38-42(DK460011k)
是ヨリ先、大正八年十二月当会成立シ、是月栄一、当会顧問トナル。
大正12年11月18日
(1923年)
第46巻 p.42-47(DK460012k)
是年七月二十四日、栄一、飛鳥山邸ニ、当会第四次旅行班一行ヲ招キテ別辞ヲ述ブ。是日、憲法記念館ニ於テ、右旅行班報告会開催セラル。栄一出席シテ所感ヲ述ブ。
大正13年6月
(1924年)
第46巻 p.47-50(DK460013k)
是月栄一、当会第五次旅行班派遣費トシテ金若干円ヲ寄付ス。七月六日、栄一、右旅行班一行ヲ飛鳥山邸ニ招キテ、送別茶会ヲ催シ、訓話ヲナス。
大正14年6月
(1925年)
第46巻 p.50-53(DK460014k)
是月栄一、当会第六次旅行班派遣費トシテ金百円ヲ寄付ス。七月九日、当会、右旅行班送別会ヲ飛鳥山邸ニ於テ催ス。栄一出席シテ訓話ヲナス。
大正15年6月
(1926年)
第46巻 p.53-55(DK460015k)
是月栄一、当会第七次旅行班派遣費トシテ金若干円ヲ寄付ス。七月七日、栄一、右旅行班一行ヲ飛鳥山邸ニ招キテ送別ノ茶会ヲ催シ、訓話ヲナス。
昭和2年5月10日
(1927年)
第46巻 p.55-58(DK460016k)
是日、明治大学学長室ニ於テ、当会理事会開催セラル。栄一出席シ、第八次海外視察学生派遣ノ件其他ヲ議ス。尚、同経費トシテ金三百円ヲ寄付ス。六月二十九日、栄一、派遣学生一行ヲ飛鳥山邸ニ招キテ送別会ヲ催シ、訓話ヲナス。
20款 財団法人国士館
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
大正11年4月22日
(1922年)
第46巻 p.59-63(DK460017k)
是日栄一、当館ヘ赴キ生徒ニ対シテ講話ヲナス。是年当館維持委員トナル。在任歿年ニ及ブ。
大正15年6月3日
(1926年)
第46巻 p.63-66(DK460018k)
是日栄一、飛鳥山邸ニ於テ当館ノ打合会ヲ催シ、頭山満・野田卯太郎・徳富猪一郎等ト懇談ス。
大正15年11月4日
(1926年)
第46巻 p.66-68(DK460019k)
是日、当館ニ於テ創立十周年祝典式挙行セラル。栄一之ニ臨ミニテ祝辞ヲ述ブ。
大正15年11月25日
(1926年)
第46巻 p.68-78(DK460020k)
是日、当館維持委員会第一回会合ヲ、東京銀行集会所ニ於テ開催ス。栄一出席ス。
昭和2年12月15日
(1927年)
第46巻 p.78-81(DK460021k)
是年十月十三日、栄一、当館理事柴田徳次郎ヨリ、当館専門学校並ニ実務学校計画案ニ就キ詳細ニ聴取シ、是日、昭和二年ヨリ向三ケ年賦ヲ以テ金一万円ノ寄付ヲ決ス。
21款 財団法人興譲館 付阪門会
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
大正11年11月4日
(1922年)
第46巻 p.82-90(DK460022k)
是ヨリ先、当館館長山下政吉並ニ校友等有志相寄リ、当館創立七十年ヲ期シ、維持経営ノ策ヲ確立セントシテ、基本金募集ニ着手ス。是日、山下政吉等栄一ヲ訪ヒ、援助ヲ請フ。栄一金五千円ヲ寄付ス。
大正15年3月
(1926年)
第46巻 p.90-97(DK460023k)
是ヨリ先明治三十八年、当館ハ社団法人トナル。是月、組織ヲ改メテ財団法人トナシ、寄付行為ノ定ムル所ニヨリ、栄一ヲ相談役ニ推ス。栄一、之ヲ諾シ、在任歿年ニ及ブ。
昭和2年10月26日
(1927年)
第46巻 p.97-100(DK460024k)
是日、日本倶楽部ニ於テ、当館館長山下政吉ノ上京ヲ機トシ、興譲会在京有志懇談会開催セラル。
栄一之ニ臨ミテ挨拶ヲナス。
昭和6年11月15日
(1931年)
第46巻 p.100-101(DK460025k)
是月十一日栄一歿ス。是日葬儀ニ際シ、当館ヨリ弔詞ヲ贈リ、又遥拝式ヲ挙行ス。
21款 財団法人興譲館 付阪門会 阪門会
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
大正5年1月15日
(1916年)
第46巻 p.101-102(DK460026k)
是ヨリ先、大正四年十一月、大正天皇ノ即位大礼ニ際シ、阪谷朗廬正五位ニ追陞セラル。是日朗廬ノ忌日ニ当リ、旧門人ノ組織スル阪門会、上野精養軒ニ於テ贈位祝賀会ヲ開催ス。栄一之ニ臨ミテ懐旧談ヲナス。
22款 浦和高等学校
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
大正12年3月
(1923年)
第46巻 p.103-104(DK460027k)
是ヨリ先、大正八年、当校設立ノ計画ニツキ、栄一、諸井恒平・埼玉県知事堀内秀太郎等ノ嘱ニ依リ、敷地並ニ資金募集ニ尽力スル所アリ。是月、更ニ当校建設資金トシテ金五千円ヲ寄付ス。昭和三年五月二十三日、右ニツキ賞勲局総裁ヨリ表彰セラル。
23款 故神田先生記念事業会
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
大正13年10月
(1924年)
第46巻 p.105-107(DK460028k)
是月、故神田乃武ノ遺徳ヲ記念シ、有志者当会ヲ設立ス。栄一発起人トナル。
24款 財団法人大川育英会
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
大正14年2月18日
(1925年)
第46巻 p.108-113(DK460029k)
是日、当会設立認可ヲ受ク。栄一顧問ニ就任シ、在任歿年ニ及ブ。
25款 財団法人日本国民高等学校協会
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
大正15年5月
(1926年)
第46巻 p.114-127(DK460030k)
是ヨリ先、井上準之助・石黒忠篤等、農村青年ノ訓育養成ヲ目的トセル日本国民高等学校ヲ設置セントシテ当協会ノ設立ヲ企図シ、大正十四年十二月許可セラル。栄一、其趣旨ヲ賛シ、是月、名誉会員トシテ基金一口金二千五百円ヲ寄付ス。
昭和2年2月27日
(1927年)
第46巻 p.127-130(DK460031k)
是日、当協会第二回通常総会、日本青年館ニ於テ開催セラル。栄一出席シテ日本国民高等学校校長加藤完治ノデンマーク国視察報告ヲ聴取ス。
26款 北豊島郡教育会
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
大正15年6月
(1926年)
第46巻 p.131-137(DK460032k)
是月栄一、当会会長ニ就任ス。在任歿年ニ及ブ。
昭和6年11月15日
(1931年)
第46巻 p.137-138(DK460033k)
是月十一日栄一歿ス。是日葬儀ニ際シ、当会ヨリ弔詞ヲ贈ル。
27款 財団法人駒込中学校
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昭和5年1月
(1930年)
第46巻 p.139-141(DK460034k)
是月栄一、当校名誉顧問ニ就任、在任歿年ニ及ブ。
28款 財団法人バチェラー学園後援会
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
昭和5年10月
(1930年)
第46巻 p.142-149(DK460035k)
是年七月、徳川義親・新渡戸稲造等、アイヌ民族教化ノタメ尽瘁セルイギリス国人ジョン・バチェラーノ事業後援ノ目的ヲ以テ、当後援会ノ設立ヲ発起シ、栄一ニ顧問ヲ依嘱ス。栄一之ヲ諾シ、是月就任シ、在任歿年ニ及ブ。金千円ヲ寄付ス。
29款 其他 1. 京華中学校
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明治43年4月3日
(1910年)
第46巻 p.150(DK460036k)
是日、当校第十二回卒業式挙行セラル。栄一出席シテ演説ヲナス。
29款 其他 2. 東京市教育会
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治43年5月10日
(1910年)
第46巻 p.150-151(DK460037k)
是日、楓川学校ニ於テ、当会大会開催セラル。栄一出席シテ演説ヲナス。
大正10年4月23日
(1921年)
第46巻 p.151-156(DK460038k)
是日、神田一橋高等小学校ニ於テ、当会主催故当会会長高木兼寛追悼講演会開催セラル。栄一出席シテ追悼演説ヲナス。
29款 其他 3. 東京府教育会
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
大正3年11月7日
(1914年)
第46巻 p.156-163(DK460039k)
是日、神田和協楽堂[和強楽堂]ニ於テ、当会主催講演会開催セラル。栄一、出席シテ講演ヲナス。
29款 其他 4. 静岡教育会
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
大正4年4月19日
(1915年)
第46巻 p.163-179(DK460040k)
是日栄一、東照宮三百年祭ニ際シ、静岡師範学校講堂ニ於テ開催セラレタル当会総会ニ臨席シ、記念講演ヲナス。
29款 其他 5. 帝国教育会
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
大正6年11月17日
(1917年)
第46巻 p.179-180(DK460041k)
是日、当会第三十四回総会ニ際シ、精勤教育家表彰式挙行セラル。栄一出席シテ演説ヲナス。
29款 其他 6. 暁星中学校
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
大正13年2月
(1924年)
第46巻 p.180-182(DK460042k)
先ニ当校関東大震火災ニ罹災シ、其修繕並ニ小学部再築ノタメ、是月寄付金募集ニ着手ス。栄一金二百円ヲ寄付ス。
29款 其他 7. 銀行倶楽部主催教育関係者招待会
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治42年6月23日
(1909年)
第46巻 p.182-185(DK460043k)
是日、東京銀行集会所ニ於テ、銀行倶楽部主催ニヨル教育関係者招待懇談会開カル。栄一出席シ、挨拶ヲ兼ネテ希望ヲ述ブ。
29款 其他 8. 滝野川村小学校
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治42年10月8日
(1909年)
第46巻 p.185(DK460044k)
是ヨリ先、明治四十一年三月、栄一北豊島郡滝野川村小学校基本財産トシテ金五百円ヲ寄付ス。是日内閣ヨリ銀杯一個ヲ下賜セラル。
29款 其他 9. 報知新聞社主催帝国教育会全国小学校教員会議議員招待会
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治43年5月10日
(1910年)
第46巻 p.186(DK460045k)
是月七日ヨリ四日間ニ亘リ、帝国教育会主催第三回全国小学校教員会議開催セラル。是日栄一、報知新聞社ノ主催ニヨル同会議議員招待会ニ出席シテ演説ヲナス。
明治45年5月11日
(1912年)
第46巻 p.186-187(DK460046k)
是月三日ヨリ三日間ニ亘リ、帝国教育会主催第四回全国小学校教員会議開催セラル。是日栄一、報知新聞社ノ主催ニヨル同会議議員招待会ニ出席シテ演説ヲナス。
29款 其他 10. 新潟師範学校
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治43年8月9日
(1910年)
第46巻 p.188(DK460047k)
是日栄一、当校ニ於テ女子教育ニ関シ演説ヲナス。
29款 其他 11. 入間学友会
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治43年9月4日
(1910年)
第46巻 p.188-189(DK460048k)
是日、川越中学校ニ於テ、当会第六回大会開催セラル。栄一出席シテ講演ヲナス。
大正3年9月5日
(1914年)
第46巻 p.189-193(DK460049k)
是ヨリ先、明治四十四年九月、当会名誉会員ノ制ヲ設ケ、栄一ヲ推薦ス。是日、十周年記念大会ニ当リ、栄一祝辞ヲ寄セ、次イデ大正四年四月刊行ノ「拾週年記念号入間学友会」ニ『学問に就て』ヲ寄稿ス。
29款 其他 12. 慈恵会付属医学専門学校
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治43年10月21日
(1910年)
第46巻 p.193(DK460050k)
是日栄一、慈恵会副会長トシテ当校卒業式ニ出席シ、演説ヲナス。
29款 其他 13. 大里郡教育会
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治43年11月6日
(1910年)
第46巻 p.193-203(DK460051k)
是日、埼玉県熊谷町熊谷中学校ニ於テ、当会並ニ大里郡農会及ビ大里郡参事会聯合総会開催セラル。栄一出席シテ講演ヲナス。
29款 其他 14. 財団法人埼玉武曠寮
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治43年12月4日
(1910年)
第46巻 p.203-206(DK460052k)
是ヨリ先、明治四十一年八月二十日、栄一北海道視察旅行ノ途次、札幌ノ埼玉県人交誼会ニ金五十円ヲ寄付ス。同会ハ栄一ノ寄付ヲ機会トシテ、札幌農学校在学埼玉県学生寄宿寮ノ設立ニ着手シ、是日入舎式ヲ挙行ス。是月栄一金三千円ヲ寄付ス。同寮ハ昭和四年十一月、其組織ヲ財団法人トナシ埼玉武曠寮ト称ス。
29款 其他 15. 岡山中学校
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治44年5月19日
(1911年)
第46巻 p.206-207(DK460053k)
是日栄一、当校ニ到リ生徒ニ対シ講演ヲナス。
29款 其他 16. 日本橋聯合校友会
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治44年6月3日
(1911年)
第46巻 p.207-210(DK460054k)
是日、明治座ニ於テ、当会大会開催セラル。栄一出席シテ講演ヲナス。
29款 其他 17. 佐波教育会
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治44年10月15日
(1911年)
第46巻 p.210-216(DK460055k)
是日、群馬県伊勢崎町伊勢崎尋常高等小学校ニ於テ、当会主催講演会開催セラル。栄一出席シテ講演ヲナス。
29款 其他 18. 麻布教育会
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治44年11月11日
(1911年)
第46巻 p.216-217(DK460056k)
是日栄一、当会総会ニ出席シテ講演ヲナス。
29款 其他 19. 粕壁中学校父兄会
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治45年4月28日
(1912年)
第46巻 p.217(DK460057k)
是日栄一、当父兄会ニ出席シテ講話ヲナス。
29款 其他 20. 実業之日本社主催全国小学校成績品展覧会賞牌授与式
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治45年6月30日
(1912年)
第46巻 p.217-218(DK460058k)
是日、神田一ツ橋帝国教育会ニ於テ、実業之日本社主催全国小学校成績品展覧会賞牌授与式挙行セラル。栄一出席シテ演説ヲナス。
29款 其他 21. 学習院輔仁会大会
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
大正2年10月18日
(1913年)
第46巻 p.218-223(DK460059k)
是日栄一、当大会ニ於テ講演ヲナス。
29款 其他 22. 水産講習所
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
大正3年11月1日
(1914年)
第46巻 p.223-232(DK460060k)
是ヨリ先、十月二十九日、政府ハ当講習所ガ従来農商務省所管ナリシヲ文部省ニ移管スル旨ヲ発表ス。爾来反対運動起リ、是日倉光吉郎・松原新之助ハ栄一ヲ訪ヒ事情ヲ述ブ。後、栄一、二六新報中央新聞・雑誌東洋ニ反対意見ヲ発表ス。
29款 其他 23. 第一高等学校
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
大正4年3月9日
(1915年)
第46巻 p.232(DK460061k)
是日栄一、諸井恒平及ビ同子息貫一ノ嘱ニ依リ、当校学生弁論会ニ於テ講演ヲナス。
29款 其他 24. 本所教育会
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
大正4年3月17日
(1915年)
第46巻 p.232-233(DK460062k)
是日栄一、当会ノ嘱ニ依リ、本所区江東尋常小学校ニ於テ、講演ヲナス。
29款 其他 25. 深川尋常小学校
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
大正4年3月19日
(1915年)
第46巻 p.233-234(DK460063k)
是日、当校改築落成式挙行セラル。栄一出席シテ祝辞ヲ述ブ。
29款 其他 26. 商船学校
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
大正5年5月24日
(1916年)
第46巻 p.234(DK460064k)
是日栄一、当校創立四十年記念式ニ出席シテ祝辞ヲ述ブ。
29款 其他 27. 帝国小学校
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
大正5年12月
(1916年)
第46巻 p.235(DK460065k)
是ヨリ先、明治四十四年四月、西山哲治当校ヲ創立ス。是月栄一、当校資金トシテ金一万円ヲ寄付ス。
29款 其他 28. 渡米小学校長団送別会
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
大正6年9月15日
(1917年)
第46巻 p.235-238(DK460066k)
是ヨリ先、実業之日本社、其創立二十周年記念事業トシテ、全国小学校長中十名ヲ選抜シテ渡米視察セシメントス。是日栄一、渡米小学校長団送別会ヲ東京銀行集会所ニ開キ、一行ニ対シ挨拶ト希望ヲ述ブ。次イデ十七日、築地精養軒ニ実業之日本社主催送別会開催セラレ、栄一出席シテ送別ノ辞ヲ述ブ。
29款 其他 29. 立教大学
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
大正8年5月31日
(1919年)
第46巻 p.238-239(DK460067k)
是日、当大学新館落成式挙行セラル。栄一、出席シテ祝辞ヲ述ブ。
29款 其他 30. 国民新聞社主催国民教育奨励会第二回宣伝講演会
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
大正9年1月10日
(1920年)
第46巻 p.239-240(DK460068k)
是日、神田青年会館ニ於テ、国民新聞社主催国民教育奨励会第二回宣伝講演会開催セラル。栄一出席シテ講演ヲナス。
29款 其他 31. 東京市小学校教員会
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
大正9年2月15日
(1920年)
第46巻 p.240-241(DK460069k)
是日、慶応義塾大講堂ニ於テ、当会創立総会開催セラル。栄一出席シテ祝辞ヲ述ブ。
29款 其他 32. 東洋大学
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
大正10年6月8日
(1921年)
第46巻 p.241-242(DK460070k)
是日、帝国ホテルニ於テ、当大学専門学部文化学科・社会学科新設披露会開催セラル。栄一出席シテ祝辞ヲ述ブ。
29款 其他 33. 英国皇太子殿下歓迎都下各大学専門学校学生生徒聯合会
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
大正11年5月3日
(1922年)
第46巻 p.242(DK460071k)
是∃リ先、栄一、当会ノ顧問トナリ、金千円ヲ寄付ス。是日、麹町区富士見軒ニ於テ、当会散会式挙行セラル。栄一出席シテ演説ヲナス。
29款 其他 34. 財団法人択善学舎
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大正12年3月
(1923年)
第46巻 p.242-244(DK460072k)
是月、有馬祐政等、地方ヨリ東京ニ遊学ノ学生ノタメ、当舎ヲ設立ス。栄一金四百八十円ヲ寄付ス。
29款 其他 35. 駿州学友会
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
大正13年10月23日
(1924年)
第46巻 p.244-245(DK460073k)
是ヨリ先、当会、学生寄宿舎ヲ建設セントシ、建築資金ノ募集ニ着手ス。栄一、金五百円ヲ寄付ス。是日当会会長大森鍾一ヨリ、上棟式挙行ノ報告ヲ受ク。
29款 其他 36. 成城小学校
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
昭和2年6月11日
(1927年)
第46巻 p.246-247(DK460074k)
是日、上野精養軒ニ於テ、当校創立十周年記念式挙行セラル。栄一出席シテ祝辞ヲ述ブ。
29款 其他 37. 武蔵高等学校
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昭和3年4月15日
(1928年)
第46巻 p.247-248(DK460075k)
是日、当校開校式挙行セラル。栄一出席シテ祝辞ヲ述ブ。
30款 教育関係諸資料 1. 小学校
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
--第46巻 p.249-250(DK460076k)
--
30款 教育関係諸資料 2. 実業学校
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
--第46巻 p.251-252(DK460077k)
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30款 教育関係諸資料 3. 女学校及ビ女子教育
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
--第46巻 p.252-254(DK460078k)
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30款 教育関係諸資料 4. 諸学校
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
--第46巻 p.254-260(DK460079k)
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30款 教育関係諸資料 5. 教育諸会
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
--第46巻 p.260-262(DK460080k)
--
4節 教育行政関係
1款 教育調査会
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大正2年6月30日
(1913年)
第46巻 p.263-268(DK460081k)
是日栄一、教育調査会会員ヲ仰付ケラル。爾後開カレタル数次ノ当調査会ニ出席ス。
大正2年10月29日
(1913年)
第46巻 p.268-277(DK460082k)
是日、文部大臣官邸ニ於テ、当調査会開催セラレ、栄一並ニ中野武営・豊川良平・早川千吉郎等ノ提出ニ係ル、学制改革ニ関スル建議案付議セラル。次イデ十一月十四日開カレタル当調査会ニ栄一出席シテ提案理由ヲ説明ス。
大正3年11月4日
(1914年)
第46巻 p.277-280(DK460083k)
是日、文部大臣官邸ニ於テ、当調査会特別委員会開催セラル。栄一、出席シテ徳育調査ノ必要ヲ提議ス。
大正4年6月8日
(1915年)
第46巻 p.280-283(DK460084k)
是ヨリ先栄一、菊池大麓・高田早苗・嘉納治五郎鎌田栄吉・鵜沢総明・成瀬仁蔵等等ト大学制度改革ノ件ニツキ協議ス。
是日、当調査会ニ対シ、意見書提出ノ件ヲ決定ス。次イデ六月二十二日栄一、菊池大麓・高田早苗ト共ニ、文部大臣一木喜徳郎ヲ訪レ、大学制度改革ニ関スル意見ヲ陳述シ、菊池大麓起案ノ大学制度改革ニ関スル建議案ヲ提出ス。次イデ文部省ニ至リ、文部次官福原鐐次郎ニ面談ス。
大正4年7月9日
(1915年)
第46巻 p.283-290(DK460085k)
是日、文部大臣官邸ニ於テ、当調査会総会開催セラル。栄一出席シテ、菊池大麓提出ノ大学制度改革案ニ対シ賛成ノ意見ヲ述ブ。十九日、当調査会総会ニ於テ、該案可決セラル。
大正4年9月21日
(1915年)
第46巻 p.290-297(DK460086k)
是年八月、高田早苗、大隈内閣ノ文部大臣ニ就任ス。是日文部省、菊池大麓提出ノ改革案ノ精神ヲ生カセル大学令案ヲ発表ス。
同日正午、栄一中央亭ニ於テ、菊池大麓等ト会シ、当調査会ニ関スル要件ヲ協議ス。
大正5年6月17日
(1916年)
第46巻 p.297-301(DK460087k)
是年六月九日、文部大臣官邸ニ於テ、当調査会第三回懇談会開催セラレ、文部省提出ノ大学令案ニ付テ、特別ノ委員ヲ設ケテ再調査ヲナスコトヲ決ス。栄一出席ス。六月十二日、同所ニ於テ当調査会総会開催セラレ、右委員ノ指名ヲ文部大臣ニ一任ス。
是日栄一、特別調査委員ニ指名セラル。
大正6年9月21日
(1917年)
第46巻 p.301-307(DK460088k)
是ヨリ先大正五年十月、大隈内閣倒レ、高田早苗、文部大臣ヲ辞職シ、寺内内閣成立シテ岡田良平ソノ文部大臣ニ就任シ、文部省提出ノ大学令案ヲ修正ス。
是日、政府ハ別ニ臨時教育会議委員ヲ発令シ、当調査会官制ヲ廃止ス。栄一等当調査会会員ハ廃職トナル。
2款 文政審議会
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大正13年4月15日
(1924年)
第46巻 p.308-313(DK460089k)
是日栄一、文政審議会委員仰付ケラル。在任歿年ニ及ブ。
3款 国民教化運動
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昭和4年8月22日
(1929年)
第46巻 p.314-316(DK460090k)
是ヨリ先、文部省、国民精神ノ作興ト経済生活ノ改善ヲ図ルタメ、当運動ヲ全国ニ実施セシメントス。
是日、箱根小涌谷ノ旅館ニ滞在中ノ栄一ノ許ニ、速記者ヲ派遣シ当運動ニ対スル栄一ノ意見ヲ徴ス。
昭和4年10月7日
(1929年)
第46巻 p.317(DK460091k)
是ヨリ先、栄一、文部省ノ依頼ヲ受ケ、当運動ノ宣伝ポスター用ノ、飛田周山画「日ノ出ノ国」ニ標語ヲ揮毫ス。是日、東京高等工芸学校ニ於テ右ポスターノ作製成ル。
6章 学術及ビ其他ノ文化事業
1節 学術
1款 東京経済学協会
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明治42年12月25日
(1909年)
第46巻 p.318-319(DK460092k)
是月十七日、栄一ヲ団長トスル渡米実業団帰国ス。当協会、富士見軒ニ於テ、十二月例会ヲ兼ネ栄一ノ歓迎会ヲ開催ス。栄一出席シテ演説ヲナス。
大正8年12月9日
(1919年)
第46巻 p.319-322(DK460093k)
是日栄一、富士見軒ニ於テ開催セラレタル、当協会十二月例会ニ臨ミ「労資協調会設立趣意及其経過」ニ関スル演説ヲナス。
2款 国家学会
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明治43年5月19日
(1910年)
第46巻 p.323-330(DK460094k)
是日栄一、東京帝国大学構内ニ於テ挙行セラレタル、当学会主催ノ伊藤博文追悼会ニ出席シ、追悼演説ヲナス。
大正8年4月
(1919年)
第46巻 p.330(DK460095k)
是月、当学会ヨリ、創立満三十年記念事業トシテ、「明治憲政経済史論」一冊(菊版本文四三一頁)ヲ発行ス。栄一、其中ニ『維新以後ニ於ケル経済界ノ発達』ト題スル実歴談ヲ寄稿ス。
3款 穂積奨学財団
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昭和2年7月8日
(1927年)
第46巻 p.331-333(DK460096k)
是ヨリ先、大正十五年六月、故種積陳重ノ学徳ヲ伝フルタメ、当財団ノ資金増募ノ事アリ。栄一及ビ渋沢家同族ヨリ金一万円ヲ寄付ス。是日、当財団寄付金募集発起人ヨリ栄一ニ礼状並ニ報告書ヲ送ル。
4款 社団法人癌研究会
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明治42年4月20日
(1909年)
第46巻 p.334-341(DK460097k)
是ヨリ先明治四十一年四月二日、東京帝国大学ニ於テ、当会発会式挙行セラレ、栄一出席シテ演説ヲナス。是日、一橋学士会事務所ニ於テ、当会第四回評議員会ヲ開キ、栄一ヲ当会副総裁ニ予選シ、後、栄一ノ承諾ヲ得テ正式ニ推薦ス。
大正3年4月4日
(1914年)
第46巻 p.342-345(DK460098k)
是日、東京帝国大学医科大学病理学教室ニ於テ、当会第七回定期総会開カル。栄一出席シテ告辞ヲ述ブ。五月、栄一当会ニ金千円ヲ寄付ス。
大正11年5月25日
(1922年)
第46巻 p.345-347(DK460099k)
是ヨリ先大正二年十月十一日、当会総裁桂太郎逝去ス。是日、日本工業倶楽部ニ於テ、伏見宮博恭王ノ総裁奉戴式挙行セラル。栄一出席シ、式後、宴会席上ニ於テ挨拶ヲ述ブ。
昭和6年11月15日
(1931年)
第46巻 p.348-351(DK460100k)
是月十一日栄一歿ス。是日葬儀ニ際シ、当会会頭長与又郎弔辞ヲ贈ル。
5款 社団法人帝国発明協会
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明治43年10月
(1910年)
第46巻 p.352-357(DK460101k)
是ヨリ先、明治四十一年二月、栄一、社団法人工業所有権保護協会ノ名誉会員ニ推サル。是月同協会ハ名称ヲ帝国発明協会ト改ム。栄一引続キ名誉会員トナリ、歿年ニ及ブ。
大正11年2月11日
(1922年)
第46巻 p.357-358(DK460102k)
是日、当協会ガ主唱シタル、トーマス・エー・エディソン第七十五回誕辰祝賀会、日本工業倶楽部ニ開催セラル。栄一、右祝賀会長トシテ尽力ス。
大正11年12月9日
(1922年)
第46巻 p.358-359(DK460103k)
是日、築地精養軒ニ於テ、当協会表彰式ヲ兼ネテ前会長清浦奎吾謝恩会開催セラル。栄一出席シテ祝辞ヲ述ブ。
大正12年6月13日
(1923年)
第46巻 p.359-362(DK460104k)
是ヨリ先、当協会ニ於テ、大正時代ノ各界ノ代表的名士ノ音声ヲ録音シ後世ニ伝ヘンコトヲ企画ス。是日栄一、当協会ノ懇請ニヨリ、赤坂区霊南坂日蓄会社ニ赴キ「道徳経済合一説」ト題スル演説ノ吹込ヲナス。
昭和4年4月8日
(1929年)
第46巻 p.362-364(DK460105k)
是日当協会、今上天皇ノ即位大典ニ際シ、当協会役員・会員及ビ関係者中、陞爵・授爵・叙位・叙勲・褒章授与等ノ栄典ニ浴セシ、栄一等四十六名ノ祝賀会ヲ日本倶楽部ニ於テ開催ス。次イデ五月二十四日、当協会創立二十五周年記念祝賀会ヲ東京会館ニ開催シ、栄一等ニ対シ感謝状並ニ銀製木兎文鎮ヲ贈ル。栄一病気ノタメ両日共出席セズ。
昭和6年11月15日
(1931年)
第46巻 p.364(DK460106k)
是月十一日栄一歿ス。是日葬儀ニ際シ、当協会ヨリ弔詩ヲ贈ル。
6款 社団法人温故学会
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治44年9月12日
(1911年)
第46巻 p.365-368(DK460107k)
是ヨリ先、明治四十三年、栄一当学会賛助員トナル。是日栄一、四谷愛染院ニ挙行セラレタル、塙保己一九十年祭ニ参列、所感ヲ述ブ。
大正10年6月12日
(1921年)
第46巻 p.368-375(DK460108k)
是年、塙保己一歿後百年ニ相当ス。栄一、塙忠雄・井上通泰・芳賀矢一等ト謀リテ、ソノ百年祭ヲ四谷愛染院ニ於テ挙行ス。栄一参列シテ演説ヲナス。
大正11年10月20日
(1922年)
第46巻 p.375-380(DK460109k)
当学会ハ組織ヲ社団法人ニ改メ、是日認可サル。栄一、井上通泰・芳賀矢一等ト共ニ賛助会員トシテコレニ参与シ、改組後ハ維持会員トナリ、歿年ニ及ブ。
大正13年10月11日
(1924年)
第46巻 p.380-381(DK460110k)
是日当学会、渋沢事務所ニ於テ、維持会員会ヲ開催ス。栄一、内藤久寛・中村弥六・山田直矢・斎藤茂三郎等ト、当学会ノ企画事業ニ関シ協議ス。
大正14年1月
(1925年)
第46巻 p.381-388(DK460111k)
是月当学会、群書類従ノ版木保存倉庫並ニ閲覧所等ヲ建設センガタメ、募集資金趣意書ヲ諸方ニ発送ス。栄一、井上通泰・芳賀矢一・中村弥六等ト之ニ連署ス。引続キ、依頼状ヲモ発シ、且ツ当学会理事斎藤茂三郎ヲ紹介スル等募金ニ尽力ス。尚、栄一金二千円ヲ寄付ス。
大正14年7月28日
(1925年)
第46巻 p.388-392(DK460112k)
是日当学会、宮内省ヨリ金千五百円ノ下賜ヲ受ケ、九月十四日、倉庫建築敷地トシテ、東京附豊多摩郡渋谷町下渋谷氷川裏三三八番ノ一ニ、御料地百八十七坪拝借ノ件帝室林野局ヨリ許可セラル。栄一尽力スル所多シ。
昭和2年7月2日
(1927年)
第46巻 p.392-401(DK460113k)
是ヨリ先、東京府豊多摩郡渋谷町下渋谷氷川裏三三八ノ一ニ、清水組ノ手ニヨリ建築中ノ当学会会館並ニ倉庫落成シ、是日ソノ開館式ヲ挙行ス。栄一、維持会員総代トシテ式辞ヲ述ブ。
昭和5年7月1日
(1930年)
第46巻 p.401-405(DK460114k)
是日当学会、当学会事務所ニ於テ協議会ヲ開催シ、事業拡張ニ関シ、栄一ニ種々依頼ノ件ヲ協議ス。
7款 帰一協会
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治45年4月11日
(1912年)
第46巻 p.406-424(DK460115k)
是ヨリ先、明治四十四年夏以来、栄一、成瀬仁蔵・森村市左衛門等ト思想界統一ノタメノ一会ヲ創設センコトヲ謀リ、是日、飛鳥山邸ニ井上哲次郎・中島力造・成瀬仁蔵・浮田和民・姉崎正治・上田敏、及ビシドニー・エル・ギューリック等ヲ招待シテ、ソノ創立準備会ヲ開ク。
明治45年5月13日
(1912年)
第46巻 p.424-426(DK460116k)
是日栄一、当協会創立準備会第二回トシテ、飛鳥山邸ニ井上・中島・成瀬・浮田・姉崎・シドニー・エル・ギューリックト会合ス。更ニ三十日第三回会合ヲ同ジク飛島山邸ニ開キテ、趣意書及ビ意見書原案ヲ決定ス。且ツ規約ヲ作成シテ発会ヲ期ス。
明治45年6月20日
(1912年)
第46巻 p.426-435(DK460117k)
是日、栄一外十一名発起人トナリ、当協会組織相談会ヲ上野精養軒ニ開キ、規約並ニ趣意書等ヲ決定、当協会成立ス。栄一外四名幹事ニ就任ス。次イデ七月十日第一例会ヲ開ク。
明治45年7月9日
(1912年)
第46巻 p.435(DK460118k)
是ヨリ先、アメリカ合衆国ハーヴァード大学名誉総長チャールズ・ダブリュー・エリオット来日シ、是日帝国ホテルニ於テ、ニュー・ヨーク日本協会協賛会主催歓迎晩餐会開カル。開会前栄一、同博士ト思想界統一ノ問題ニ就イテ懇談ス。
大正元年10月10日
(1912年)
第46巻 p.435-436(DK460119k)
是日及ビ十一月一日、栄一、上野精養軒ニ於ケル、当協会例会ニ出席ス。
大正2年3月7日
(1913年)
第46巻 p.436-478(DK460120k)
是年一月十日及ビ二月六日、栄一、上野精養軒ニ於ケル当協会例会ニ出席、次イデ是日ノ例会ニ出席シ、服部宇之吉ノ「儒教の特質」ト題スル講演ニ対シ感想ヲ述ブ。
大正2年5月2日
(1913年)
第46巻 p.479-481(DK460121k)
是日及ビ六月六日、栄一、上野精養軒ニ於ケル当協会例会ニ出席ス。
大正2年5月4日
(1913年)
第46巻 p.481-482(DK460122k)
是年四月十四日、アメリカ合衆国帰一協会代表ハーヴァード大学名誉教授フランシス・ジー・ピーボディノ当協会主催歓迎会、上野精養軒ニ開カル。是日栄一、同人ヲ飛鳥山邸ニ招待シテ午餐会ヲ開キ、万国館設立ノ件ヲ議ス。
大正2年7月4日
(1913年)
第46巻 p.482-485(DK460123k)
是日栄一、上野精養軒ニ於ケル姉崎正治ノ渡米送別会ヲ兼ネタル当協会大会ニ出席ス。
大正2年9月17日
(1913年)
第46巻 p.485-488(DK460124k)
是ヨリ先、当協会会員ディー・シー・グリーン逝去ス。是日栄一、麹町番町教会ニ於ケル葬儀ニ当協会ヲ代表シテ参列シ、弔辞ヲ述ブ。後、上野精養軒ニ於ケル当協会例会ニ出席ス。
大正2年10月1日
(1913年)
第46巻 p.488-490(DK460125k)
是日栄一、上野精養軒ニ於ケル当協会例会ニ出席ス。
大正2年11月19日
(1913年)
第46巻 p.490-492(DK460126k)
是日栄一、上野精養軒ニ於ケル当協会例会ニ出席シ、井上哲次郎ノ「原始儒教ノ倫理」ト題スル講演ニ対シテ意見ヲ開陳ス。
大正2年11月29日
(1913年)
第46巻 p.492-495(DK460127k)
是日栄一、イギリス国帰一協会マッケンジー宛ニ、同協会第一回会合ニ対シ祝意ヲ表シ、今後ノ協力ヲ希望スル書翰ヲ、当協会幹事連名ニテ発送ス。次イデ十二月二十日、上野精養軒ニ於ケル当協会例会ニ出席ス。
大正3年2月24日
(1914年)
第46巻 p.495-498(DK460128k)
是日栄一、上野精養軒ニ於ケル当協会例会ニ出席ス。
大正3年3月21日
(1914年)
第46巻 p.498-509(DK460129k)
是日栄一、上野精養軒ニ於ケル当協会例会ニ出席シ、「道徳と経済との関係如何」「道徳は果して進歩せしや」「教育の効果如何」等ノ質問ヲ研究課題トシテ提出シ、其提案理由ヲ説明ス。
大正3年4月17日
(1914年)
第46巻 p.509-515(DK460130k)
是日、上野精養軒ニ於ケル当協会例会ニテ、前会ニ栄一ノ提出セル問題ヲ論議ス。栄一出席ス。
大正3年5月6日
(1914年)
第46巻 p.515-523(DK460131k)
是日、上野精養軒ニ於テ当協会例会開カレ、前会ニ引続キ栄一提出ノ問題ニ就キ、添田寿一、道徳ト経済ノ関係及ビ教育ノ効果ニ関シテ意見ヲ述ブ。栄一中国旅行中ニテ出席セズ。
大正3年6月17日
(1914年)
第46巻 p.523-538(DK460132k)
是日、上野精養軒ニ当協会例会開カレ、本多日生・吉田静致、宗教及ビ教育ニ関シテ講演ス。栄一出席ス。
大正3年7月3日
(1914年)
第46巻 p.538-552(DK460133k)
是日、上野精養軒ニ於テ、中国ヨリ帰国セル栄一及ビアメリカ合衆国ヨリ帰国セル姉崎正治ノ歓迎会ヲ兼ネ、当協会例会開カル。前回ニ引続キ、高木壬太郎、教育ト宗教的信念トノ関係ニツキ講演シ、後、栄一中国旅行ニ関スル談話ヲナス。
大正3年9月16日
(1914年)
第46巻 p.552-553(DK460134k)
是日栄一、上野精養軒ニ於ケル、アメリカ合衆国シカゴ大学総長ジャドソン一行ノ歓迎ヲ兼ネタル当協会例会ニ出席シ、歓迎ノ辞ヲ述ブ。
大正3年11月20日
(1914年)
第46巻 p.553-577(DK460135k)
是年十月七日、当協会例会ニ於テ、前回ニ引続キ教育ト宗教的信念トノ関係ヲ主題トシテ菊池大麓講演シ、是日ノ例会ニ於テ、重ネテ同主題ノモトニ、沢柳政太郎・嘉納治五郎講演ス。栄一、是等ニ開スル所感トシテ、教育ニ就イテノ所信ヲ述ブ。次イデ十二月十六日ノ例会二出席ス。
大正4年1月20日
(1915年)
第46巻 p.577-579(DK460136k)
是日栄一、上野精養軒ニ於ケル当協会例会ニ出席シ、中島力造ト共ニ、新研究題目「時局に対する国民の覚悟」ヲ提出ス。
大正4年2月10日
(1915年)
第46巻 p.579(DK460137k)
是日当協会、アメリカ合衆国人シドニー・エル・ギューリック及ビ同国シカゴ大学神学部長シェラー・マシューズヲ上野精養軒ニ招待シテ歓迎晩餐会ヲ催ス。栄一出席シ、歓迎ノ辞ヲ述ブ。
大正4年3月10日
(1915年)
第46巻 p.579-587(DK460138k)
是日栄一、上野精養軒ニ於ケル当協会例会ニ出席シ、前回提出ノ研究題目ニ関シ提出ノ理由ヲ演説ス。当協会ハ該問題ノ重要性ニ鑑ミ、少数ノ委員ヲ設ケテ討議スルコトニ決シ、十六日、渋沢事務所ニ幹事会ヲ開キ、井上哲次郎外二十六名ヲ時局問題研究委員ニ選定シテ承諾ヲ得。
大正4年3月29日
(1915年)
第46巻 p.587-588(DK460139k)
是日及ビ四月二十八日、上野精養軒ニ於ケル当協会第一回及ビ第二回時局問題研究委員会ニ、栄一出席シテ意見ヲ述ブ。
大正4年4月17日
(1915年)
第46巻 p.588-589(DK460140k)
是日、渋沢事務所ニ於テ、当協会幹事会開カレ、栄一出席ス。二十一日、上野精養軒ニ於テ、当協会例会開カレ、栄一出席ス。
大正4年5月5日
(1915年)
第46巻 p.589-591(DK460141k)
是日栄一、上野精養軒ニ於ケル当協会信念問題決議文起草委員会ニ出席シ、引続キ第三回時局問題研究委員会ニ臨ム。
大正4年5月19日
(1915年)
第46巻 p.591-594(DK460142k)
是日、上野精養軒ニ於テ、当協会例会開カレ、栄一出席シテ決議案ヲ議ス。六月二十九日、渋沢事務所ニ於テ当協会幹事会開カレ、栄一出席ス。
大正4年7月7日
(1915年)
第46巻 p.594-596(DK460143k)
是日栄一、上野精養軒ニ於ケル当協会本年度大会兼服部宇之吉外三名ノ渡米送別会ニ臨ミ、送別ノ辞ヲ述ブ。
大正4年7月14日
(1915年)
第46巻 p.596-599(DK460144k)
是日栄一、上野精養軒ニ於ケル当協会第四回時局問題研究委員会ニ臨ミ、従来ノ経過ヲ説明シ、宣言発表ノ希望ヲ述ブ。
大正4年9月20日
(1915年)
第46巻 p.599-603(DK460145k)
是月十四日、栄一、渋沢事務所ニ於ケル当協会幹事会ニ出席、次イデ是日、上野精養軒ニ於ケル当協会評議員会及ビ第五回時局問題研究委員会ニ出席シテ、意見ヲ述ブ。
大正4年10月13日
(1915年)
第46巻 p.603-606(DK460146k)
是日栄一、上野精養軒ニ於ケル当協会第六回時局問題研究委員会ニ出席ス。
大正4年10月20日
(1915年)
第46巻 p.606-607(DK460147k)
是日栄一、築地精養軒ニ於テ当協会ノ催セル、栄一ノ渡米送別会ニ臨ミ、挨拶ヲナス。更ニ当協会宣言草案討議ニ際シ意見ヲ述ブ。
大正4年10月29日
(1915年)
第46巻 p.607-613(DK460148k)
是月二十三日、栄一渡米ノ途ニ就ク。是日、船中ニ於テ、当協会ヨリ発表スベキ宣言書ノ草案ヲ修正ス。十二月十五日、当協会修正委員会ハ、右栄一提出ノ修正案其他ニ基キテ最終案ヲ決定シ、翌一月ノ例会ニ付議スルコトトス。
大正5年1月21日
(1916年)
第46巻 p.614-616(DK460149k)
是月四日、栄一帰国ス。是日当協会、例会ヲ兼ネテ、中央亭ニ於テ、栄一ノ帰国歓迎会ヲ開催ス。栄一帰国演説ヲナス。例会席上、時局問題研究委員会ニ於テ審議セル宣言書案ヲ可決ス。
大正5年2月28日
(1916年)
第46巻 p.616-618(DK460150k)
是日当協会、中央亭ニ於テ例会ヲ開ク。栄一出席シテ意見ヲ述ブ。四月二十七日、同所ニ於テ幹事会ヲ開ク。栄一出席ス。
大正5年5月10日
(1916年)
第46巻 p.618-619(DK460151k)
是日当協会、飛鳥山邸ニ於テ、アメリカ合衆国ニューヨーク・ユニオン神学校校長ウィリアム・エー・ブラウンヲ主賓トシテ、茶話会ヲ開ク。栄一出席シテ歓迎ノ挨拶ヲナス。
大正5年6月5日
(1916年)
第46巻 p.619-621(DK460152k)
是日当協会幹事会、渋沢事務所ニ於テ開カル。栄一出席シテ、モートン・プリンス及ビジェー・ビー・ミレット歓迎ノ件ヲ協議ス。十三日、飛鳥山邸ニ当協会主催、同人等ノ招待会開カレ、栄一歓迎ノ辞ヲ述ブ。
大正5年6月27日
(1916年)
第46巻 p.621-625(DK460153k)
是日当協会、中央亭ニ於テ、例会兼服部宇之吉帰国歓迎会ヲ開ク。栄一出席シテ歓迎ノ挨拶ヲナス。
大正5年7月13日
(1916年)
第46巻 p.625-629(DK460154k)
是ヨリ先、インド詩人ラビンドラナート・タゴール来日ス。是日栄一、当協会ノ幹事トシテ其宿舎原富太郎邸ヲ訪ヒ、宗教問題・思想問題ニ就キ会談ス。
大正5年7月18日
(1916年)
第46巻 p.629-630(DK460155k)
是日当協会幹事会、渋沢事務所ニ開カレ、栄一出席ス。次イデ十九日、中央亭ニ於テ、当協会本年度大会開カレ、栄一同ジク出席ス。
大正6年1月11日
(1917年)
第46巻 p.631-633(DK460156k)
是日、当協会幹事会、東京銀行集会所ニ於テ開カレ、栄一出席ス。
大正7年2月26日
(1918年)
第46巻 p.633-634(DK460157k)
是日栄一、中央亭ニ於ケル当協会例会ニ出席シ、姉崎正治渡米ノ送別演説ヲナス。
大正7年12月24日
(1918年)
第46巻 p.634-635(DK460158k)
是日栄一、当協会評議員中島力造ノ葬儀ニ際シ、当協会ヲ代表シテ弔辞ヲ呈ス。
大正8年1月31日
(1919年)
第46巻 p.635-639(DK460159k)
是日栄一、中央亭ニ於ケル当協会主催、添田寿一渡欧送別会ニ出席シ、送別演説ヲナス。越エテ二月四日正午日本倶楽部ニ於ケル同倶楽部主催、午後四時帝国ホテルニ於ケル大日本平和協会主催、同七日正午東京商工会議所ニ於ケル同所主催ノ各送別会ニ出席シテ、送別演説ヲナシ、更ニ同夕東京銀行倶楽部ニ於テ栄一主催ノ小宴ヲ催ス。
大正8年5月26日
(1919年)
第46巻 p.639-641(DK460160k)
是日栄一、当協会例会ニ出席シ、朝鮮問題ニツキ協議ス。尚、出席者ノ決議ニヨリ、同問題ニ関シテ総理大臣原敬ニ対シテ、忠言ヲ呈スルノ件ヲ栄一ニ託ス。六月二十三日、栄一、原首相ヲ訪問ス。
大正9年11月24日
(1920年)
第46巻 p.641-644(DK460161k)
是日栄一、一ツ橋如水会館ニ於ケル当協会例会ニ出席シテ意見ヲ述ブ。
大正10年1月21日
(1921年)
第46巻 p.644-647(DK460162k)
是日及ビ三月二十六日、栄一、一ツ橋如水会館ニ於ケル当協会例会ニ出席ス。
大正10年4月27日
(1921年)
第46巻 p.647-653(DK460163k)
是日栄一、一ツ橋如水会館ニ於ケル当協会例会ニ出席、次イデ六月九日ノ例会、七月六日ノ大会ニ出席ス。
大正10年9月6日
(1921年)
第46巻 p.653-655(DK460164k)
是日当協会、臨時会トシテ、アメリカ合衆国ニュー・ヨーク神学校教授ハリ・イー・フォスディック招待講演会ヲ、飛鳥山邸ニ開ク。栄一出席ス。
大正10年9月21日
(1921年)
第46巻 p.656-657(DK460165k)
是日当協会、一ツ橋如水会館ニ於テ、例会ヲ兼ネテ栄一ノ渡米送別会ヲ開ク。栄一出席シテ渡米ニ至レル事情ヲ述ブ。
大正11年3月17日
(1922年)
第46巻 p.657-662(DK460166k)
是年一月三十日、栄一アメリカ合衆国ヨリ帰国ス。是日当協会、一ツ橋如水会館ニ於テ、例会ヲ兼ネテ栄一ノ帰国歓迎会ヲ開ク。栄一出席シテ日米関係ニ関スル演説ヲナス。
大正11年4月28日
(1922年)
第46巻 p.662-666(DK460167k)
是日栄一、日本倶楽部ニ於ケル当協会例会ニ出席ス。次イデ五月二十四日、一ツ橋如水会館ニ於ケル例会ニ、七月十七日、同所ニ於ケル大会ニ出席ス。
大正11年9月8日
(1922年)
第46巻 p.666-668(DK460168k)
是日当協会、一ツ橋如水会館ニ於テ、臨時会ヲ開キ、アメリカ基督教青年会主事ジー・エス・エデイヲ招待シ、社会宗教問題ニ関シテ意見ヲ交換ス。栄一出席シテ意見ヲ述ブ。
大正12年1月30日
(1923年)
第46巻 p.668-669(DK460169k)
是日栄一、一ツ橋如水会館ニ於ケル当協会例会ニ出席ス。
大正12年3月21日
(1923年)
第46巻 p.669-672(DK460170k)
是日当協会、一ツ橋如水会館ニ於テ、例会ヲ開クト共ニ、前年栄一ノ提唱セル「現代気風調査」委員会ヲ開催ス。栄一出席シテ、姉崎正治ノ「我国目下の危機に関する一観察」ト題スル講演ニ対シテ意見ヲ述ブ。
大正13年1月28日
(1924年)
第46巻 p.672-674(DK460171k)
是日当協会、関東大震災以後最初ノ例会ヲ、東京帝国大学山上御殿ニ於テ開催シ、震災後ノ精神状態ニ関スル討議ヲナス。栄一出席ス。
大正13年2月21日
(1924年)
第46巻 p.674-676(DK460172k)
是日、当協会例会、東京帝国大学山上御殿ニ於テ開催セラレ、栄一出席ス。アメリカ合衆国シカゴ大学植物学教授ジェー・コールターノ講演アリ。後、現代ノ精神状態ニ関シテ種々意見ノ交換ヲナス。
大正13年6月30日
(1924年)
第46巻 p.676-684(DK460173k)
是日、当協会例会、東京帝国大学山上御殿ニ於テ開催セラレ、田中晴川ノ「孔老釈三教の一致」ト題スル講演アリ。栄一出席シテ同講演ニ対シテ挨拶ヲナス。
昭和2年9月23日
(1927年)
第46巻 p.684-686(DK460174k)
是日及ビ十月二十六日、栄一、日本倶楽部ニ於ケル当協会例会ニ出席ス。
昭和3年1月24日
(1928年)
第46巻 p.686-688(DK460175k)
是日栄一、日本倶楽部ニ於ケル当協会大会ニ出席シ、「帰一協会の目的についての所感」ト題シテ懐旧演説ヲナス。
昭和3年2月24日
(1928年)
第46巻 p.688-690(DK460176k)
是日、日本倶楽部ニ於テ、当協会例会開催セラレ、栄一出席ス。席上、宗教懇話会代表今岡信一良、日本宗教大会開催ノ主旨ヲ説明ス。当協会ハ同大会ノ主旨ニ賛シ、参加ノ形式ニテ援助スルコトニ決ス。
昭和3年6月5日
(1928年)
第46巻 p.690-716(DK460177k)
是ヨリ先日本宗教懇話会、御大典記念トシテ日本宗教大会ノ開催ヲ提唱、是日ヨリ四日間、明治神宮外苑日本青年館ニ於テ、同大会ヲ挙行ス。当協会ハ其賛助費用トシテ、金三千五百円ノ寄付金ヲ集メテ交付ス。栄一ハ金千円ヲ寄付ス。
昭和4年6月3日
(1929年)
第46巻 p.716(DK460178k)
是日、当協会主催ラビンドラナート・タゴール歓迎茶話会、飛鳥山邸ニ開カル。栄一出席シテ挨拶ヲ述ブ。
昭和6年11月15日
(1931年)
第46巻 p.716-717(DK460179k)
是月十一日栄一歿ス。是日葬儀ニ際シ、当協会、幹事姉崎正治ノ名ヲ以テ弔詞ヲ贈ル。
昭和6年11月24日
(1931年)
第46巻 p.717-722(DK460180k)
是日当協会、日本倶楽部ニ於テ、例会ヲ故渋沢子爵追憶談話会トシテ開催ス。
昭和8年11月15日
(1933年)
第46巻 p.722-730(DK460181k)
是日当協会、日本倶楽部ニ於テ、故渋沢子爵追悼懇話会ヲ開催ス。