デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.6.13

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
6款 択善会・東京銀行集会所
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治13年9月3日
(1880年)
第6巻 p.5-16(DK060001k)
択善会及銀行懇話会解散シ新タニ銀行集会所設立サル。二十四日右ノ旨ヲ大蔵卿ニ上申ス。
明治15年4月19日
(1882年)
第6巻 p.16-17(DK060002k)
大蔵卿松方正義京浜間ノ各国立銀行頭取ヲ招集シ銀行ノ営業ニ関シテ直諭スルトコロアリ、栄一等衆ヲ代表シテ口諭ニ副フベキ旨ヲ奉答ス。
明治15年4月28日
(1882年)
第6巻 p.18-30(DK060003k)
是ヨリ先、銀行集会所ノ組織ヲ改良シ集会所規程ヲ制定センコトヲ発議ス。栄一委員ノ一人トシテ之レガ草定ニ参画シ、又定式集会ニ於テ屡々討議ス。是日、右規程草按ヲ大蔵卿ニ上申シ允許ヲ受ク。又規程草按ト共ニ刊行雑誌買上ノコトヲ稟請セシモ、許サレザルヲ以テ本会ヨリ毎月発兌ノコトニ決ス。
明治15年7月25日
(1882年)
第6巻 p.30-31(DK060004k)
是ヨリ先、土曜日午後休業ノ可否ニ付キ発議アリ、是日右ノ儀ニ付キ大蔵卿ニ上申ス。
明治15年10月15日
(1882年)
第6巻 p.31-32(DK060005k)
栄一、是日芝紅葉館ニ於テ開カレタル秋季懇親会ニ出席ス。
明治16年3月15日
(1883年)
第6巻 p.32-33(DK060006k)
第四十五国立銀行救済ノコトヲ決議ス。
明治16年4月15日
(1883年)
第6巻 p.33(DK060007k)
向島八百松ニ於テ開カレタル春季懇親会ニ出席ス。
明治16年5月15日
(1883年)
第6巻 p.33-57(DK060008k)
是ヨリ先国立銀行条例ノ改正アルヤ各国立銀行ハ開業後二十年ヲ以テ営業満期トシ、満期ノ後ニハ普通銀行ニ組織ヲ変更スルカ又ハ鎖店スルヲ要スルコトトナリ、従ツテ其迄ニ発行紙幣全額ヲ消却スル必要ヲ生ジタリ、ヨツテ是日右ニ付キ大蔵卿ヨリ下付サレタル命令書ノ趣旨ニ基キテ協議セル結果、紙幣消却方法ニハ合同法ヲ用フルヲ可トスルニ決シ、後之ヲ上申シテ許サレタリ。
明治16年8月18日
(1883年)
第6巻 p.57-68(DK060009k)
各国立銀行ヨリ日本銀行ヘ納付スベキ紙幣消却元資金ヲ以テ買入ルベキ払下公債価格ノ件ニ付キ日本銀行ニ依頼ス。シカルニ後大蔵省ヨリノ払下不可能トナリタルヲ以テ、大蔵省ヨリ各国立銀行ヘ下付セラルル公債ヲ日本銀行ヘ売却スベキコトニ決シタリ。
明治16年8月
(1883年)
第6巻 p.68-69(DK060010k)
発行紙幣消却ニヨル銀行税逓減ノコトニ付キ上申シタルモ却下サレタリ。
明治16年9月20日
(1883年)
第6巻 p.69(DK060011k)
是ヨリ先、同盟銀行有志ヲ以テ為替取組所ヲ設ケタリシガ是日右ヲ廃シ、銀行集会所附属手形取引所ヲ設置ス。
明治16年9月22日
(1883年)
第6巻 p.69(DK060012k)
東京府知事芳川顕正、東京市中ノ商工業者代表ヲ木挽町旧明治会堂ニ招集シ聯合商工会ノ設立ヲ誘導ス、栄一当集会所代表トシテ出席ス。
明治16年10月14日
(1883年)
第6巻 p.69(DK060013k)
芝紅葉館ニ於テ開カレタル秋季懇親会ニ出席ス。
明治16年11月2日
(1883年)
第6巻 p.69-73(DK060014k)
敗裂紙幣ヲ大蔵省ニ上納シ、代リ金トシテ政府紙幣ヲ受取リ、之ヲ紙幣消却ノ一部ニ充テタキ旨ヲ稟請シタルニ、一部修正ノ上許可サレタリ。
明治17年1月26日
(1884年)
第6巻 p.73-76(DK060015k)
是ヨリ先、中山道鉄道公債発行サル。是日右ニ応募スルノ可否ヲ諮リタルニ異議ナキヲ以テ各自ノ引受高ヲ定メ日本銀行ニ申込ムベキコトニ決ス。
明治17年2月26日
(1884年)
第6巻 p.76-77(DK060016k)
「東京銀行集会所」ナル名称ヲ「銀行集会所」ト改ムルコトニ決ス。
明治17年4月20日
(1884年)
第6巻 p.77-78(DK060017k)
栄一是日、向島八百松ニ於テ開カレシ春季懇親会ニ出席ス。
明治17年8月15日
(1884年)
第6巻 p.78-79(DK060018k)
是ヨリ先、大蔵卿ヨリ銅貨流通ノ景況取調申報スベキヲ命ゼラル。是日右取調ノ出来セル旨ヲ告ゲ、原案ヲ衆ニ諮リシニ異議ナキヲ以テ上申ノコトニ決ス。
明治17年10月19日
(1884年)
第6巻 p.79-80(DK060019k)
栄一是日、芝紅葉館ニ於テ開カレタル秋季懇親会ニ出席ス。
明治18年1月5日
(1885年)
第6巻 p.80-83(DK060020k)
是ヨリ先、太政官布告第拾壱号ヲ以テ証券印税規則改正サル。是日各行ニ対シ右ノ励行方ヲ要請ス。
明治18年2月15日
(1885年)
第6巻 p.83-85(DK060021k)
是ヨリ先、静岡第三十五国立銀行ヨリ地券抵当貸付金取扱上弊害匡正ノ件ニ付照会アリ。是日右ニ応ジ難キ旨ヲ決議ス。
明治18年5月27日
(1885年)
第6巻 p.85-87(DK060022k)
中山道鉄道公債証書ノ利息受取方ヲ起業公債ニ準ジ請合状ヲ以テ請求シ得ラルル様日本銀行ニ稟請シタルトコロ、同年十一月十四日附ヲ以テ証書持参シ難キ者ニ限リ請合状ヲ以テ支払フベキ旨ノ回答ニ接ス。
明治18年6月6日
(1885年)
第6巻 p.87-89(DK060023k)
大蔵卿松方正義京浜間ノ各銀行頭取ヲ招集シ、太政官第十四号ヲ以テ布告セラレタル紙幣兌換制度ニ付キ内諭ス。
明治18年7月
(1885年)
第6巻 p.89-92(DK060024k)
銀行集会所同盟銀行ノ会同ニ於テ栄一ノ首唱ニヨリ銀行通信録ノ発行ヲ決議シ、同年十二月其第一号ヲ発行ス。
明治18年11月29日
(1885年)
第6巻 p.92-106(DK060025k)
銀行集会所落成シ、是日開場式ヲ行フ。大蔵卿松方正義臨席シテ祝辞ヲ述ベ、栄一同盟銀行ヲ代表シテ答辞ヲ述ブ。
明治19年1月6日
(1886年)
第6巻 p.106-109(DK060026k)
是ヨリ先、常委員、手形引取所委員及東京商工会会員ニ選挙サル。是日ヨリ明治二十三年八月迄重任ス。
明治19年1月6日
(1886年)
第6巻 p.109-114(DK060027k)
是ヨリ先、大阪銀行集会所ヨリ荷為替手形改定案ニ付照会アリ、第一国立銀行之ニ同意シ難キ旨ノ意見書ヲ提出ス。是日本会政府ニ於テ荷為替手形用紙ヲ制定センコトヲ申上シ、又大阪銀行集会所ヘ其顛末ヲ回答スベキコトヲ決議ス。栄一之ニ与ル。後右ノ請願ハ聞キ届ケラレ難キ旨ノ指令アリ。
明治19年1月19日
(1886年)
第6巻 p.114-120(DK060028k)
銀行集会所、銀行局長加藤済等ノ送別宴ヲ催シ、大蔵大臣松方正義等ヲ招宴ス。栄一同盟銀行ヲ代表シテ送辞ヲ述ブ。
明治19年1月23日
(1886年)
第6巻 p.120-122(DK060029k)
第六十国立銀行頭取森時之助紙幣抵当公債証書価格改正ノ件ニ付キ議案ヲ発ス。衆之ニ同意シ上申ノ儀ヲ決議ス。後允聴ノ指令アリ。
明治19年2月15日
(1886年)
第6巻 p.122-126(DK060030k)
是ヨリ先、東京廻米問屋組合ニ仲間申合規則ヲ碓定スベキヲ勧告シタルニ該規則草按ヲ送致シ来リソノ取捨ヲ求ム。是日右ニ付キ協議ス。衆異議ナキヲ以テ其旨回答スベキコトヲ決議ス。
明治19年3月26日
(1886年)
第6巻 p.126-127(DK060031k)
銀行集会所ニ於テ同盟銀行臨時集会開カル。栄一出席シ預金利息ノ協定ニ付協議ス。衆議一致セルモ後反対アリ、ヨツテ本案ハ姑ク之ヲ中止ス。
明治19年4月17日
(1886年)
第6巻 p.127-128(DK060032k)
向島八百松ニ於テ開カレタル春季懇親会ニ出席ス。
明治19年5月15日
(1886年)
第6巻 p.128-129(DK060033k)
是ヨリ先、紙幣消却元資積立金ニ対シ売渡スベキ公債証書価格引上ノ儀ヲ日本銀行ニ照議ス。是日再度価格引上ノ儀ヲ日本銀行ニ照議ノ上各国立銀行ヘ照会スベキコトヲ決議ス。後日本銀行ヨリ異議ナキ旨ノ回答ニ接シ、各国立銀行ヘ照会セシニ何レモ其同意ヲ得タリ。
明治19年9月11日
(1886年)
第6巻 p.129-139(DK060034k)
是ヨリ先、銀行紙幣合同銷却法ノ件ニ付キ、日本銀行ヨリ内議アリシ銷却紙幣記番号明細書廃止ノ事、紙幣消却終期ニ至リ其過不足負担ノ事、及ビ銀行紙幣ヲ兌換券ニ引換ノ事ノ草按ヲ作リテ衆ニ諮リタルニ異議ナキヲ以テ是日大蔵大臣ニ稟請ス。
明治二十一年十二月ニ至リ右ノ中第一項ノミ認可サレタリ。
明治19年10月10日
(1886年)
第6巻 p.139(DK060035k)
栄一是日芝紅葉館ニ於テ開カレタル秋季懇親会ニ出席ス。
明治19年10月10日
(1886年)
第6巻 p.139-140(DK060036k)
敗裂銀行紙幣交換ノ便法ヲ立案シ、日本銀行ニ稟議シ允諾ヲ得タルニ因リ各国立銀行ニ対シ、同一ニ処理スベキコトヲ稟告セル旨ヲ報道ス。
明治20年1月6日
(1887年)
第6巻 p.140-142(DK060037k)
栄一、屡々同会ノ会計事務ニ付報告シ又ハ決議ス。
是日、十九年下半季考課状案成ルニ因リ、委員ノ検閲ヲ経テ大蔵大臣ヘ上申シ、後、之ヲ送付スベキ旨ヲ報告ス。
明治20年1月6日
(1887年)
第6巻 p.142-143(DK060038k)
是ヨリ先、同会ヨリ日本銀行ニ対シ、近来壱円兌換券ノ流通頗ル増加シ取扱上不便尠ナカラザルニ因リ、同券ノ発行ハ暫ク措カレタキ旨ヲ懇請ス。是日栄一、兌換券ノ流通ハ早晩平均ヲ得ベキモノト推考サルルニヨリ、暫ク其不便ヲ忍バレンコトヲ望ムトノ回答アリタル旨ヲ報告ス。
明治20年1月6日
(1887年)
第6巻 p.143-144(DK060039k)
是ヨリ先、出納局ヨリ補助貨幣流通ノ実况ヲ調査申報スベキ旨ノ達シアリシニ因リ其実况ヲ査問ス。
是日栄一、右ノ事情ヲ報告シ併セテ意見ヲ述ブ。
明治20年1月6日
(1887年)
第6巻 p.144-145(DK060040k)
栄一、整理公債発行サレ六分以上利付公債償還セラレルニ付テハ各地同業者ノ情勢ヲ観察シ、時機ヲ見テ輿情ヲ上陳スベキ旨ヲ述ブ。衆之ニ同意ス。
明治20年5月5日
(1887年)
第6巻 p.145-152(DK060041k)
銀行集会所兌換制度ノ確立ヲ祝シ内閣総理大臣伯爵伊藤博文以下各大臣次官等ヲ鹿鳴館ニ招待シテ頌徳ノ祝宴ヲ催ス。特ニ大蔵大臣伯爵松方正義ニ頌功標ヲ贈ルノ書ヲ呈シ、席上栄一同盟銀行ヲ代表シテ演説ス。
明治20年10月23日
(1887年)
第6巻 p.152-153(DK060042k)
是日栄一、芝紅葉館ニ於テ開カレタル秋季懇親会ニ出席ス。
明治20年11月15日
(1887年)
第6巻 p.153-154(DK060043k)
是ヨリ先、同会ニ於テ銀行紙幣抵当公債証書価格改正ノ件ニ付キ協議ス。是日整理公債ヲ始メ五分以上利附ノ公債ハ其額面百円ニ付総テ九十五円ニ改正セラレンコトヲ望ム旨ノ上申ヲナスコトヲ決議ス。
明治20年12月1日
(1887年)
第6巻 p.154(DK060044k)
是ヨリ先、第一国立銀行ハ当集会所内ニ手形交換所ヲ設置センコトヲ発議ス。ヨツテ該交換所ヲ手形取引所附属トシテ設置スルコトニ決シ、是日交換ヲ開始ス。
明治20年12月24日
(1887年)
第6巻 p.154-156(DK060045k)
是ヨリ先、諸証書ヘ実印押用ノ旨大蔵大臣ヨリ達シアリ。是日臨時集会ニ於テ原六郎ハ右ノ不可能ナル旨ヲ述ブ。栄一出席シ本件ヲ上申スベキ旨ノ意見ヲ述ブ。衆亦異議ナシ。依ツテ後日上申シ一度却下セラレタルモ後ニ至リテ役印押用不苦旨ノ達シアリタリ。
明治21年4月15日
(1888年)
第6巻 p.156-160(DK060046k)
是ヨリ先、公債証書条例改正ノ件ニ付建議ス。是日栄一、春季懇親会開宴ニ先立チ、右ノ件ハ受理セラレザリシモ早晩我同業者ノ望ハ達セラルヲ得可キ旨ノ報告ヲナス。後本条令ハ改正セラレタリ。
明治21年4月15日
(1888年)
第6巻 p.160-163(DK060047k)
是日春季懇親会開カレ、栄一開宴ニ先立チ当座預金貸借利息ノ件及ビ大阪銀行集会所ヨリ照会アリシ「クロスチエツキ」ノ件ニ付協議セントシタルモ、宴期已ニ到リタルヲ以テ他日輪札廻議ニ付スベキコトヲ決議ス。後両件共要急ナラザルヲ以テ次会ニ於テ決議セリ。
明治21年8月15日
(1888年)
第6巻 p.163-166(DK060048k)
第八十六回ノ定式集会開カル。栄一出席シ当座貸越及ビコルレスポンデンス約定書ニ貼用スベキ印税ノ件ヲ提出シ、右ニ付キ上申センコトヲ述ブ。異議ナキヲ以テ後日上申ノコトヲ決議ス。後大蔵省ヨリ願意ヲ容ルル旨ノ演示アリタリ。
明治21年10月14日
(1888年)
第6巻 p.166-167(DK060049k)
栄一是日、芝紅葉館ニ於テ開カレタル秋季懇親会ニ出席ス。
明治22年2月15日
(1889年)
第6巻 p.167-170(DK060050k)
第九十二回ノ定式集会開カル。栄一出席シ、入社金逓減其他ノ議案ヲ発シテ協議シ、且各件ニ付キ決議ス。次会ニ於テ細目ヲ決議セリ。
明治22年2月12日
(1889年)
第6巻 p.170-171(DK060051k)
憲法ノ発布ヲ祝シ同盟銀行員一同ニテ鳳輦ヲ奉迎ス。
明治22年4月13日
(1889年)
第6巻 p.171(DK060052k)
栄一是日、向島八百松ニ於テ開カレタル春季懇親会ニ出席ス。
明治22年5月15日
(1889年)
第6巻 p.171-172(DK060053k)
是ヨリ先、東京府庁賦税課ヨリ従来電信為替受取人ニ印紙ヲ貼用セシメタルモ、今後ハ銀行相互間ニ授受スルモノ以外ニハ不要ナルニヨリ其旨各銀行ヘ通知スベシトノ勧告アリ。是日右ニ附キ協議シ営業ニ非ザルヲ確認シウル受取人ニ限リ印紙ヲ貼用セシメザルコトトナセリ。
明治22年5月15日
(1889年)
第6巻 p.172-173(DK060054k)
日本銀行ヘ委託スベキ公債証書ノ中、五分以上利付ノモノハ総テ額面ノ価格ヲ以テ送致スベキ事ヲ日本銀行ヘ照会ノ上、各銀行ヘ通知スベキコトヲ決議ス。後日本銀行ヨリ承諾ノ回答アリタルニヨリ、其旨各銀行ヘ通知セリ。
明治22年5月15日
(1889年)
第6巻 p.173-174(DK060055k)
是ヨリ先、当集会所附接官有拝借地払下ノ件ニ付キ東京府知事ニ出願ス。是日右ノ許可アリシ旨ヲ報告ス。
明治22年5月15日
(1889年)
第6巻 p.174-176(DK060056k)
是ヨリ先、大阪銀行集会所ヨリ電信為替取扱方改正ノ件ニ付キ照会アリ、是日右ニ付キ委員ノ外臨時委員ヲ選ビテ熟案審査スベキコトヲ決議ス。後取扱方法ハ各行ノ適宜ニ任ズベキ旨ノ回答ヲ決議セリ。
明治22年5月22日
(1889年)
第6巻 p.176-184(DK060057k)
是ヨリ先、日本銀行総裁富田鉄之助、栄一等ヲ招キ商業手形拡張ノ件ニ付キ演説ス。是日右ニ付テハ府下商人若干名ヲ招キ手形取引ノ便利有益ナルコトヲ知悉セシムベキヲ述ブ。又是日大蔵大臣松方正義、栄一等ヲ招キ生糸荷為替取扱ノ件ニ付キ訓諭ス。栄一等訓諭ノ趣旨ヲ遵奉シ、横浜生糸売込問屋ヘ照会ヲ発スベキ旨ノ打合ヲナス、後右ノ両件ハ何レモ可決セラレタリ。
明治22年6月15日
(1889年)
第6巻 p.184-185(DK060058k)
是ヨリ先、第三十三国立銀行函館支店ヨリ函館水道起業費公借金ニ応募シタルニ付テハ帳簿上別ニ公借金ノ科目ヲ設クベキヤニ付キ照会アリ。ヨツテ本会ヨリ当局ヘ稟候ス。是日公借金勘定ハ貸付金口座ニ記入スベシトノ指令アリタル旨ヲ報告シ、目下ノ処該指令ニ従フベキコトヲ決議ス。
明治22年10月12日
(1889年)
第6巻 p.185(DK060059k)
栄一是日、向島八百松ニ於テ開カレシ秋季懇親会ニ出席ス。
明治23年2月20日
(1890年)
第6巻 p.185(DK060060k)
銀行局長田尻稲次郎、商人銀行家等ヲ当集会所ニ招集シ手形取引拡張ノ件ニ付キ演述ス。畢テ栄一登壇シ右ニ付キ意見書ヲ当集会所又ハ商工会ニ提出スベキコトヲ決議ス。後意見書ヲ取纏メ田尻局長ニ復申ス。
明治23年2月25日
(1890年)
第6巻 p.185-186(DK060061k)
第百銀行支配人池田謙三、不渡手形取扱ノ件ニ付キ求議ス。衆之ニ同意シ、本日欠会ノ銀行ニハ通牒ヲ発スベキコトヲ決議ス。
明治23年4月15日
(1890年)
第6巻 p.186-218(DK060062k)
大蔵大臣伯爵松方正義・日本銀行総裁川田小一郎ノ招ニ因リ、栄一是日安田善次郎ト共ニ大阪ニ至リ、東京大阪両同盟銀行ヲ代表シテ刻下金融市場逼迫ニ対スル救済意見ヲ述ブ。是ニ於テ政府担保品付手形割引ノ途ヲ開キ、且ツ兌換銀行券条例ヲ改正シテ保証準備制限額ヲ八千五百万円ニ拡張スルニ決ス。
栄一神戸・京都・四日市・名古屋ヲ経テ五月四日帰京ス
明治23年5月15日
(1890年)
第6巻 p.218(DK060063k)
是ヨリ先、法律第二十九号ヲ以テ商法発布サル。是日栄一、商法質儀会ヲ東京商工会ト聯合ニテ設クルノ議ヲ発シ、衆ノ同意ヲ受ク。同年七月十日ヲ以テ第一回質議会ヲ開催、爾来数十回ニ亘リ質議ヲ継続セリ。
明治23年9月1日
(1890年)
第6巻 p.219-233(DK060064k)
是ヨリ先、当集会所規程改正ノコトヲ建議シ、屡屡委員会ヲ開キテ討議ス。八月十五日改正規程ニヨリ委員ニエラバレ是日委員長ニ推薦セラル。爾来明治二十九年二月迄重任セリ。
明治23年9月12日
(1890年)
第6巻 p.233-251(DK060065k)
是ヨリ先、政府ノ国立銀行紙幣銷却方法ノ違算明ラカトナリ、国立銀行間ニ紙幣銷却期限延期問題起ル。従来栄一東京同盟銀行ヲ代表シテ此問題ニ付屡々意見ヲ述ベタリシガ、是日遂ニ紙幣銷却年限五ケ年延長案ヲ田尻銀行局長ニ提出シ、尚大蔵大臣松方正義ニ面謁シテ其要旨ヲ陳述セリ。
明治23年9月15日
(1890年)
第6巻 p.251-254(DK060066k)
是ヨリ先、小形社印使用許可取消ニ付テハ定款ノ改正ヲ稟請スベキ旨ノ決議ヲナス。是日右ヲ修正シ印章ノ寸法ノ更正ヲ稟請ス。
明治23年10月15日
(1890年)
第6巻 p.254-255(DK060067k)
安田善次郎日本銀行手形割引料領収証ノ交付ヲ廃止センコトヲ望ム。領収証ヲ廃シ、簡便ナル勘定書ヲ交付スベキコトヲ決議ス。
明治23年11月15日
(1980年)
第6巻 p.255-257(DK060068k)
是ヨリ先、貯蓄銀行条例発布サル。ヨツテ五円以下ノ当座預金勘定ハ該条例第一条第二項ニ抵触スルヤ、明年一月以降貯蓄金残高ヲ報告スベキ勘定科目ハ如何ニスベキヤ、ノ二項ニ付キ当局ニ内稟ス。後明年一月以降貯蓄預金ノ名称廃止セラルベキニ付キ総テ別段預金ニ振替ヘ且五円以下ノ金額ハ総テ該条例第一条第二項ニヨリ取扱フベキ旨指示セラル。
明治23年11月29日
(1890年)
第6巻 p.257-258(DK060069k)
帝国議会ノ開院式ニ当リ同盟銀行ハ祝意ヲ表シテ休業ス。
明治23年12月15日
(1890年)
第6巻 p.258-259(DK060070k)
第六十国立銀行処分ノ件ヲ衆議ニ附シ遂ニ同行ノ除名ヲ決議ス。
明治23年12月15日
(1890年)
第6巻 p.259-260(DK060071k)
欧米金融ノ近況ニ関シ通信ヲ設クルノ件、外二件ヲ協議シ何レモ可決ス。
明治24年2月28日
(1891年)
第6巻 p.260(DK060072k)
是日東京手形取引所及其附属手形交換所解散シ、尋イデ三月一日ヨリ、新タニ東京手形交換所ヲ設立ス。栄一委員長トナル。
明治24年3月16日
(1891年)
第6巻 p.260-263(DK060073k)
是ヨリ先、為替券切断発送ノ件ヲ協議ス。是日右ヲ再議ニ付シ討議セシモ遂ニ廃按ト決ス。
明治24年5月21日
(1891年)
第6巻 p.263(DK060074k)
是ヨリ先、露国皇太子殿下大津御遭難ニ付テハ当集会所ヲ代表シ御見舞申上ゲタル旨ヲ述ブ。又明二十二日、天皇陛下御還幸アラセラルルニ付テハ、各行員一同御通輦ヲ奉迎スベキ旨ヲ決議ス。
明治24年6月15日
(1891年)
第6巻 p.263-277(DK060075k)
是ヨリ先、銀行条例及ビ貯蓄銀行条例発布サレシモ商法ノ施行延期ニ伴ヒ施行延期トナル。即チ右条例ノ重要性ニ鑑ミ調査委員ヲ選ビテ之ガ調査ニ当ラセシガ、是日調査委員ノ起草ニ係ル銀行条例修正案ヲ審議ニ附シ、六月二十四日ヲ以テ右ヲ大蔵大臣ニ上申セシモ願意採用サレズ。ヨツテ後銀行条例改正法律案ヲ第三議会ニ提出セシモ終ニ否決サレタリ。
明治24年9月15日
(1891年)
第6巻 p.277-286(DK060076k)
民事訴訟法第六十三条代理人ノ件ヲ審議ス。又調査委員ノ起草ニ係ル貯蓄銀行条例修正案ヲ審議ニ附ス。同修正案ニ就テハ爾来屡次協議ノ上十二月二日大蔵大臣ニ上申シタルモ採用サレザリキ。
明治24年11月16日
(1891年)
第6巻 p.286-288(DK060077k)
是ヨリ先、大蔵省ヨリ日本銀行総裁ヲ経テ堆積銅貨使用方案ニ付キ諮問セラル、此日日本銀行ヘノ答申案ヲ決議ス。
明治24年11月28日
(1891年)
第6巻 p.288-293(DK060078k)
是ヨリ先十一月二十五日、川田日本銀行総裁栄一ヲ初メ園田孝吉・安田善次郎・中上川彦次郎・山中隣之助等銀行業者ヲ招キテ私設鉄道買収ノ事ヲ諮リタリシガ、是日本集会所ニ於テ同盟銀行臨時会議ヲ開キ、栄一会長トナリテ該件ニ付キ東京商業会議所ニ建議スベキコトヲ決議シ、同月三十日建議ス。
明治25年1月6日
(1892年)
第6巻 p.293-294(DK060079k)
大阪同盟銀行ヨリ銀行家団体ヲ組織セントノ照会アリシモ、応ジ難キ旨ノ回答ヲナスベキコトヲ決議ス。
明治25年2月26日
(1892年)
第6巻 p.294-301(DK060080k)
是ヨリ先、銀行所用ノ諸証書及手形類文例ヲ一定スルノ議ヲ発シテ衆ノ同意ヲ受ク。即チ調査委員ヲ選ンデ之ガ取調ニ着手セシム。是日右ノ文例中当座取引ニ関スル諸式様草案ヲ提出シ衆議ニ附ス。爾来数次ニ渉リテ討議ノ後何レモ修正可決セリ。
明治25年7月15日
(1892年)
第6巻 p.301-304(DK060081k)
是ヨリ先、第百十九国立銀行頭取豊川良平、無記名公債証書抵当ノ件ニ付キ発議ス。是日右ニ関スル質問案ヲ決定シ、而シテ司法大臣ニ其情由ヲ陳述シ、同大臣ヨリ法曹会ヘ提出セラレンコトヲ依頼スベキ旨ノ決議ヲナス。
明治25年7月15日
(1892年)
第6巻 p.304-306(DK060082k)
是ヨリ先、大蔵省ヨリ五十銭銀貨通用ノ便否ニ付キ諮問セラル。是日大蔵省ヘノ答申案ヲ決議ス。
明治25年9月22日
(1892年)
第6巻 p.306-309(DK060083k)
東京銀行集会所ヲ代表シテ伯爵松方正義・大蔵大臣渡辺国武ヲ帝国ホテルニ招宴シ、前者ノ在任中ノ厚情ヲ謝シ、後者ノ新任ヲ祝ス
明治25年10月15日
(1892年)
第6巻 p.309-310(DK060084k)
当座小切手ニ於ケル字体ノ件ニ付キ協議ス。又各国立銀行社債応募ノ件ニ付キ監査局長ヨリ注意アリタル旨ヲ報道ス。
明治25年11月15日
(1892年)
第6巻 p.310-312(DK060085k)
調査委員ノ取調ニ係ル定期預金証書、保護預証書及ビ為替手形副証書修正案ヲ提出シ衆議ニ附ス。討議ノ後為替手形副証書案ノミ原案ヲ可決シ、他ハ何レモ後会ニ於テ決定セリ。
明治25年11月15日
(1892年)
第6巻 p.312-313(DK060086k)
是ヨリ先、社外船ト称スル回漕店ノ荷物取扱ニ関スル件ニ付キ協議ス、是日右ニ付テハ回漕業者ヨリ近日中ニ確答アルベキ旨ヲ報道ス。
明治25年12月19日
(1892年)
第6巻 p.313-320(DK060087k)
是ヨリ先、日本銀行課税説世上ニ喧伝サル。是日右ノ重要性ニ鑑ミ意見書ヲ作リテ各方面ニ送呈スベキコトヲ決議ス。明治二十八年第八議会ニ於テ日本銀行課税法案衆議院ヲ通過ス。ヨツテ再ビ意見書ヲ起草シ各方面ニ発送ス。シカルニ右ハ後貴族院ニ於テ否決セラレタリ。
明治25年12月24日
(1892年)
第6巻 p.320-323(DK060088k)
是ヨリ先、栄一暴漢ニ襲撃サレタルモ幸ヒニ難ヲ免ル。ヨツテ是日銀行集会所同盟銀行主催ノ下ニ帝国ホテルニ於テ祝賀会開カル。栄一出席シ一場ノ謝詞ヲ述ブ。
明治26年4月15日
(1893年)
第6巻 p.323-324(DK060089k)
栄一是日、帝国ホテルニ於テ開カレシ春季懇親会ニ出席ス。
明治26年6月
(1893年)
第6巻 p.324-327(DK060090k)
第十五国立銀行延期請願ノ発議ヲナシ栄一ノ同意ヲ得ントス。蓋シ栄一ノ内意ハ行政処分ニヨリテ国立銀行延期問題ヲ解決セントシ第十五国立銀行ノ意ハ法律ノ変更ニアルナリ。栄一当初ノ希望達スルノ場合ニハ之ニ拠ルベシトノ条件ヲ附シテ、東京同盟銀行ニ諮リ此ノ請願ニ関スル特別委員トナル。
明治26年10月14日
(1893年)
第6巻 p.327-330(DK060091k)
是ヨリ先、全国各地ニ銀行団体ヲ組織スベキ方案ヲ決議シ、各国立銀行ニ照会書ヲ発シテ同意ヲ受ク。依ツテ先ヅ当組合銀行ヲ以テ関東銀行会ヲ組織セントシ、栄一委員ノ一人トシテ規程草案ヲ審議ス。是日来ル二十三日ヲ以テ第一回関東銀行会ヲ開催スベキコトヲ報道ス。
明治26年10月14日
(1893年)
第6巻 p.330(DK060092k)
近時兌換銀行券ヲ偽造シテ之ガ行使ヲナスモノアルニ付テハ、若シ各銀行ニ於テ右ヲ収納シタル時ハ、其種類枚数等ヲ報告スベキ旨日本銀行ヨリ請求アリタル事ヲ報告ス。
明治26年10月23日
(1893年)
第6巻 p.330-345(DK060093k)
是ヨリ先七月二十二日、栄一ノ奔走ニヨリテ田尻大蔵次官ヨリ国立銀行紙幣消却方案ヲ内示セラレシカ、該案内容ニ就キ各国立銀行ト日本銀行間ニ意見一致セス、其後追加約定書案モ不成立ニ帰シタリ。依テ全国ノ銀行者一致シテ之カ善後策ヲ講スルノ外ナキニ至リ、関東ニテハ関東銀行会ヲ創立シ、是日第一回ノ協議ヲ為セリ。
明治26年12月15日
(1893年)
第6巻 p.345-353(DK060094k)
是ヨリ先、二十六年七月一日ヲ以テ銀行条例及貯蓄銀行条例施行サル。是日右ノ改正法律案ヲ第五議会ニ提出スベキコトヲ決議ス。後明治二十八年ニ至リ両条例ハ何レモ改正セラレタリ。
明治26年12月15日
(1893年)
第6巻 p.353-357(DK060095k)
是ヨリ先、商法実施セラレルニ付テハ大蔵省監査局長ヨリ国立銀行ニモ登記並ニ株式会社ノ名称ヲ冠スルノ要アル旨通達セラレタリ。ヨツテ協議ノ結果登記ハナスモ株式会社ノ文字ハ之ヲ附記スル必要ヲ認メザル旨ノ決議ヲナス。是日右ニ関スル法律案ヲ議会ニ提出中ナル旨ヲ報道ス。後右ノ法律案ハ両院ヲ通過シ法律第十八号ヲ以テ公布セラレタリ。
明治27年3月9日
(1894年)
第6巻 p.357-358(DK060096k)
大婚二十五年祝典挙行セラルルニ当リ、同盟銀行一同祝意ヲ表シテ臨時休業ス。
明治27年3月15日
(1894年)
第6巻 p.358(DK060097k)
関東銀行会ニ提出スベキ議案其他ニ付テ協議ス。
明治27年5月15日
(1894年)
第6巻 p.358-361(DK060098k)
是ヨリ先、銀行支店支配人訴訟能力有無ノ件、送金手形公示催告及除権判決申請ノ件ニ付キ屡々協議ス。是日右ニ付テハ調査委員ヲ設ケ之ニ托スベキコトヲ決議ス。後支店支配人ニ交付スベキ委任状書式一定セラレタリ。
明治27年5月17日
(1894年)
第6巻 p.361-362(DK060099k)
芝紅葉館ニ於テ東京銀行集会所主催ノ銀行家懇親会開カル。栄一出席シ一場ノ挨拶ヲ述ブ。
明治27年5月22日
(1894年)
第6巻 p.362-367(DK060100k)
是ヨリ先四月、九州銀行同盟会延期請願ノ決議ヲナシ関東銀行会ニ其同意ヲ求ム。是日関東銀行会ハ臨時会議ヲ開キ、国立銀行処分法案ガ否決セラルルカ如キ事アラバ、予備案トシテ営業年限延長ヲ請願スルニ決ス。
明治27年6月5日
(1894年)
第6巻 p.367-373(DK060101k)
国立銀行処分法案ハ議会ニ於テ議了ニ至ラズ是日全国国立銀行交渉委員会開カレ、十ケ年延期説ニ決シ陳情委員及国立銀行延期趣意書起草委員ヲ撰定ス。栄一延期ハ自説ニ反スルモ衆議ニ従ヒ該両委員ニ撰バレ其任ヲ果セリ。
明治27年8月15日
(1894年)
第6巻 p.373(DK060102k)
是ヨリ先、日清戦争勃発ス。是日、栄一銀行業者ノ自重ヲ要望ス。
明治27年9月15日
(1894年)
第6巻 p.374-376(DK060103k)
是ヨリ先、東京交換所組合銀行提出ニ係ル当座小切手記名ノ件、不渡小切手処分ノ件ニ付キ協議ス。是日右ニ付キ決議ス。
明治28年1月29日
(1895年)
第6巻 p.376-377(DK060104k)
故熾仁親王殿下ノ御葬儀ニ付同盟銀行一同哀悼ノ意ヲ表シテ臨時休業ス。
明治28年3月15日
(1895年)
第6巻 p.377-378(DK060105k)
是ヨリ先、病ヲ得テ大磯ニ転地療養ス。即チ本会ノ決議ニヨリ豊川良平総代トシテ見舞ニ赴ク。是日栄一右ニ付キ謝辞ヲ述ブ。
明治28年5月30日
(1895年)
第6巻 p.378-379(DK060106k)
大元帥陛下還幸アラセラルルニ付同盟銀行員一同ニテ奉迎ス。
明治28年6月14日
(1895年)
第6巻 p.379-380(DK060107k)
是ヨリ先、バンベルゲル「五十億法償金論」及ビアドルフ・シヨートベール「仏国償金論」ヲ紹介シソノ内容ヲ略述ス。是日右ニ鑑ミ清国償金ノ使途ニ付キ、当局ニ意見ヲ上申スベキ旨ノ議案ヲ発シタルニ衆ノ同意ヲ受ク、依テ委員ヲ選ビ之ニ委托スベキコトヲ決議ス。
明治28年11月11日
(1895年)
第6巻 p.380(DK060108k)
故能久親王殿下ノ御葬儀ニ当リ同盟銀行ハ哀悼ノ意ヲ表シテ休業ス。
明治29年2月15日
(1896年)
第6巻 p.380-384(DK060109k)
是ヨリ先、第三種郵便物認可規則改正セラレタルニ依リ銀行通信録ヲ再ビ非売品ト為スベキコトヲ決議ス。此日通信録ノ体裁ヲ変更スベキコトヲ決議シ、而シテ委員ヲ選ビ之ガ調査ニ当ラシムルコトヲ決議ス。後委員ノ提言ニヨリ集会所内ニ経済文庫ヲ設置セリ。
明治29年2月15日
(1896年)
第6巻 p.384-386(DK060110k)
是ヨリ先、興信機関設置ノ必要ヲ説キテ衆ノ注意ヲ促ス、即チ調査委員ヲ選ビテ之レガ調査ニ当ラシム。是日東京商業興信所創立ノ運ビニ至リタル旨ヲ告ゲ、且衆ノ賛成加入ヲ希望ス。
明治29年3月16日
(1896年)
第6巻 p.386-390(DK060111k)
東京銀行集会所規定ヲ改正シ栄一会長ト為ル。爾来明治三十三年十二月迄重任セリ。
明治29年3月16日
(1896年)
第6巻 p.390-391(DK060112k)
第二国立銀行ヨリ取締役再選重任ノ際ニ於ケル登記ノ必要有無ニ付キ照会アリ。右ハ必要ナク而シテ若シ止ムヲ得ザレバ抗告シテソノ条理ヲ貫徹セザル可カラザル旨ノ決議ヲナス。後右ハ不必要ト決定シタル旨同行ヨリ通知アリタリ。
明治29年3月16日
(1896年)
第6巻 p.391-395(DK060113k)
日本勧業銀行法及ビ農工銀行法ニ付キ協議ス。
明治29年3月16日
(1896年)
第6巻 p.395-397(DK060114k)
日本銀行課税法案再度議会ニ提出サレタルヲ以テ、当所ハ明治二十五年ノ意見書ノ趣意ニ依リ意見ヲ発表スベキコトヲ決議ス。シカルニ明治三十二年二月ニ至リ日本銀行納税ニ関スル法律案可決サレ、翌三月法律第五十六号ヲ以テ公布サル。
明治29年3月17日
(1896年)
第6巻 p.397-401(DK060115k)
是ヨリ先、第一国立銀行外十二行ノ連名ヲ以テ国立銀行満期後措置ノ件ニ付大蔵大臣ニ稟請ス。是日国立銀行営業満期処分法案ノ成立ヲ祝シ、同法成立ニ尽力セシ貴衆両院議員ヲ紅葉館ニ招請シテ祝宴ヲ開ク。
明治29年6月15日
(1896年)
第6巻 p.401-406(DK060116k)
東京交換所組合銀行提出ニ係ル証券印紙税率改正ノ件ニ付キ協議シ、委員ヲ選ビテ之ガ調査ニ当ラシムルコトヲ決議ス。後右ニ付キ大蔵大臣ニ稟請セリ。
明治29年10月15日
(1896年)
第6巻 p.406-407(DK060117k)
関東銀行会ニ提出スベキ議案其他ニ付キ協議ス。
明治30年2月5日
(1897年)
第6巻 p.407-408(DK060118k)
東京銀行集会所同盟銀行総代トシテ英照皇太后御霊柩奉送ノ為メ京都ニ赴ク。十一日帰京ス。
明治30年2月15日
(1897年)
第6巻 p.408(DK060119k)
商業上ニ於ケル法定利率ノ儀ニ付キ東京商業会議所ヨリ照会ノ件ヲ協議シ、結局委員ヲ選ビテ之ガ調査ニ当ラシムルコトヲ決議ス。後右ハ年六分ト定メラレンコトヲ希望スル旨ノ回答ヲ発ス。
明治30年3月15日
(1897年)
第6巻 p.408-418(DK060120k)
是ヨリ先、金貨本位問題ニ付キ建議アリ、栄一委員ノ一人トシテ之レガ調査ニ当ル。而シテ政府ヨリ議会ニ貨幣法案提出セラルルヤ之レガ修正意見ヲ作成シテ提出ス。此日右ノ修正意見ハ終ニ不成立ニ終リタル旨ヲ報告ス。
明治30年3月15日
(1897年)
第6巻 p.418-419(DK060121k)
関東銀行会ニ提出スベキ議案其他ニ付キ協議ス。
明治30年7月15日
(1897年)
第6巻 p.419-420(DK060122k)
是ヨリ先、当集会所組織改正ノ件ニ付キ建議アリ。是日右ニ付テハ従来ノ組織ニヨリ存続スベキコトヲ決議シ、而シテ集会所規定中経費醵出ノ方法其他ノ改正ヲ決議ス。
明治30年9月15日
(1897年)
第6巻 p.420-421(DK060123k)
是ヨリ先、市内遠隔ノ地ニ所在スル銀行ハ日本橋附近ニ小切手支払代理店ヲ設クベキノ件ヲ協議ス。是日小切手支払代理店ノ設ナキ銀行ノ手形ハ一切受入レザルコトヲ決議ス。
明治30年9月15日
(1897年)
第6巻 p.421-425(DK060124k)
是ヨリ先、東京交換所組合銀行集会ニ於テ取引上ニ於ケル厘位廃止ノコトヲ協議ス。是日右ノ件ヲ決議シ後委員ヲ選ビテ組合銀行注意廉書並ニ得意先及為替取引銀行ヘノ通知案ヲ決議セリ。
明治30年11月11日
(1897年)
第6巻 p.425-429(DK060125k)
東京銀行集会所ヲ代表シ、近ク設定セラレントスル東京市特別税中ノ銀行税ハ商工業ノ進運ヲ阻害スルモノナル所以ヲ東京府知事子爵岡部長職ニ開申ス。
明治30年12月15日
(1897年)
第6巻 p.429(DK060126k)
東京商工相談会ヨリ戦後経済問題ニ関スル当所ノ意見ニ付ニ照会アリタルモ、右ハ会員各自直接同会ニ意見ヲ開陳スベキ旨ヲ決議ス。
明治31年3月15日
(1898年)
第6巻 p.429-431(DK060127k)
関東銀行会ニ提出スベキ議案トシテ、証券印税規則改正案、並ニ補助貨幣発行程度ノ件ヲ決議シ、且調査委員ヲエラビテ之ガ調査ニ当ラシム。
明治31年6月15日
(1898年)
第6巻 p.431-434(DK060128k)
是ヨリ先、朝鮮旅行ヨリ無事帰朝ス。是日組合銀行会員等栄一ヲ両国亀清楼ニ招待ス。栄一出席シ一場ノ演説ヲナス。
明治31年9月19日
(1898年)
第6巻 p.434-435(DK060129k)
是ヨリ先、清国ニ於ケル実業視察ノ為メ調査員派出ノ件ニ付キ農商務次官ヨリ照会アリ、是日右ノ件ハ之ヲ見合セル旨復申ス。
明治31年10月15日
(1898年)
第6巻 p.435-438(DK060130k)
是ヨリ先、民法第三百四十九条外二条修正ノ件ニ付キ日本銀行ヨリ照会アリシヲ以テ、委員ヲ選定シ之ガ調査ニ当ラシム。是日委員ノ報告書ニ基キ協議セル結果、法典調査会ニ意見書ヲ提出スベキコトヲ決議ス。
明治31年10月15日
(1898年)
第6巻 p.438-439(DK060131k)
是ヨリ先、当集会所狭隘ノタメ増築ノ議起ル。是日工費概算二万円ヲ以テ二階建九十余坪ノ増築ヲナスコトヲ決議ス。
明治31年10月15日
(1898年)
第6巻 p.439-451(DK060132k)
是ヨリ先、政府ハ第十二議会ニ印紙税法案ヲ提出シタルモ成立セズ。是日同法案修正意見書ヲ提出スルコトヲ決議ス。後三十二年三月十日法律第五十四号ヲ以テ印紙税法公布セラレタリ。
明治31年11月29日
(1898年)
第6巻 p.451-461(DK060133k)
是ヨリ先豊川良平、日本銀行兌換券保証準備無税発行額制限拡張ノ件ニ付キ、委員ヲエラビテ之ガ調査ニ当ラシムルコトヲ建議ス。即チ委員等屡々委員会ヲ開キテ右ニ付キ討議ス。是日委員長園田孝吉右ノ経過ヲ栄一ニ報告ス。
明治32年4月25日
(1899年)
第6巻 p.461-462(DK060134k)
向島八百松楼ニテ春季懇親会開カル。栄一出席ス。
明治32年6月15日
(1899年)
第6巻 p.462-463(DK060135k)
九州・中国四国両同盟銀行会ヨリ、当集会所主催ニヨル全国銀行業者大会開催ノコトヲ幹旋サレタキ旨ノ照会アリタルモ、右ハソノ必要ナシト認メ、其旨回答スベキコトヲ決議ス。
明治32年6月15日
(1899年)
第6巻 p.463-465(DK060136k)
是ヨリ先、修正商法実施ニ伴フ各銀行ノ定款改正調査ノタメ調査委員ヲ指名ス。此日右ニ関スル特別委員会報告書ヲ承認シ、又手形取扱ニ関シ各銀行ヨリ得意先為替取引先ヘノ照会案ヲモ承認ス。
明治32年9月1日
(1899年)
第6巻 p.465-471(DK060137k)
納税ニ小切手使用ノ件ニ付キ大蔵省ニ請願ス。右ハ許可セラレザリシモ後、東京府下ニ於テ小切手代納制ノ実施ヲ見タリ。
明治32年12月5日
(1899年)
第6巻 p.471-474(DK060138k)
是ヨリ先、銀行集会所内ニ銀行倶楽部設置サレ十一月一日ヲ以テ開館サル。是日栄一委員トナル。
明治33年2月15日
(1900年)
第6巻 p.475-480(DK060139k)
是ヨリ先、小切手呈示期間延長外二件ニ付キ協議シ、委員ヲ選ビテ調査セシム。是日議員ヨリ当議会ニ印紙税法中追加法律案提出セラレシ旨、並ニ倉庫証券及支払保証小切手ノ件ニ付清浦法典調査会副総裁ニ陳情セシ旨ヲ報告ス。
明治33年2月27日
(1900年)
第6巻 p.480-496(DK060140k)
銀行倶楽部第四回晩餐会開カル、伯爵井上馨一場ノ演説ヲナス。栄一謝詞ヲ述ブ。
明治33年5月28日
(1900年)
第6巻 p.496-500(DK060141k)
五月九日付ヲ以テ男爵ヲ授ケラル。是日東京銀行集会所ニ於テ東京銀行集会所、東京交換所、東京興信所及銀行倶楽部四団体連合主催ニヨル渋沢男爵授爵祝賀会開カル。栄一出席シ一場ノ挨拶ヲ述ブ。
明治33年6月15日
(1900年)
第6巻 p.500-506(DK060142k)
二十銀行、手形面ヘ仕払銀行記入方改正及支店銀行ニ人格ナシトノ判決ニ付キ建議ス。即チ委員ヲ選ビテ之ガ調査ニ当ラシム。後正副会長ニ於テ法律家ヲ選ビ、之ニ托シテ現行法ノ規定ニ則リ完全ナル手形及小切手ノ方式ヲ作成セシムルコトニ決セリ。
明治33年7月16日
(1900年)
第6巻 p.506-511(DK060143k)
是ヨリ先、当集会所規程改正ノコトヲ決議シ、委員ヲ選ビテ之ガ調査ニ当ラシム。是日右委員会報告ヲ承認シ、規程改正案ハ修正ノ上之ヲ可決ス。
明治34年3月16日
(1901年)
第6巻 p.511-516(DK060144k)
是ヨリ先、政府第十五議会ニ銀行条例改正法律案及貯蓄銀行条例改正法律案ヲ提出スベシトノ議アリ、即チ大野清敬等右ニ付キ建議ス。ヨツテ委員ヲ選ビ調査セシム。後臨時総会ヲ開キテ委員会報告ヲ協議可決シ、是日意見書ヲ大蔵省ニ申達ス。後政府ハ右法案ノ提出ヲ中止シタリ。又翌三十五年ニ至リ政府再度第十六議会ニ提出スベシトノ議アリシモ終ニ提出セズシテ已ミタリ。
明治34年7月5日
(1901年)
第6巻 p.516-520(DK060145k)
是ヨリ先、大蔵大臣曽禰荒助栄一等銀行業者ヲ招キテ新任ノ挨拶ヲ為ス。是日栄一等曽禰及ビ大蔵省総務長官阪谷芳郎等ヲ銀行倶楽部ニ招待シテ答礼ス。栄一演説シテ、政治ヲ主トシ実業ヲ従トセル旧習ヲ更革センコトヲ希望ス。
明治34年7月24日
(1901年)
第6巻 p.520-523(DK060146k)
定時総会開カレ栄一出席ス。爾来屡々出席シテ議事ヲ裁ス。
明治34年9月25日
(1901年)
第6巻 p.523-526(DK060147k)
東京銀行集会所ヲ代表シ、清国専使那桐等ヲ銀行倶楽部ニ招宴ス。栄一演説シテ、従来殆ド制度文物上ニノミ限ラレタル両国間ノ関係ヲ向来更ニ商工業上ニマデ拡張センコトヲ希望ス。
明治34年9月26日
(1901年)
第6巻 p.526-534(DK060148k)
銀行倶楽部第十九回晩餐会開カレ、加藤高明外債募集ニ関スル演説ヲナス。栄一謝辞ヲ述ブ。
明治35年2月26日、27日
(1902年)
第6巻 p.534-539(DK060149k)
二十六日、東京銀行集会所及東京銀行倶楽部主催ニテ伯爵松方正義渡欧送別会ヲ坂本町東京銀行集会所ニ開ク。栄一出席シテ挨拶ヲ述べ、翌二十七日大蔵大臣男爵曽禰荒助、日本銀行総裁山本達雄、男爵岩崎久弥、三井高保ト共ニ発起シテ同伯ノ送別会ヲ帝国ホテルニ催ス。栄一出席シテ演説ヲナス。
明治35年4月28日
(1902年)
第6巻 p.539-544(DK060150k)
是ヨリ先、栄一欧米巡遊ヲ企図ス。即チ是日東京銀行集会所、東京交換所、東京興信所及銀行倶楽部四団体連合主催シテ栄一及随行員諸氏渡欧送別会ヲ東京銀行集会所ニ開ク。栄一出席シテ挨拶ヲナス。
明治35年8月16日
(1902年)
第6巻 p.544-547(DK060151k)
株式会社帝国商業銀行、株主定時総会ヲ開クニ当リ、株主ニ通知スベキ事項ノ程度ヲ一定スルノ件ニ付キ建議ス。即チ臨時総会ヲ招集シ右ニ付キ協議セシモ、本件ノ調査ハ役員ニ一任スルコトトナレリ。
明治35年11月27日
(1902年)
第6巻 p.547-556(DK060152k)
東京銀行集会所ニ於テ東京銀行集会所・東京交換所・東京興信所及銀行倶楽部四団体連合主催ニヨル、栄一・松方正義・岩崎弥之助及随行員諸氏帰朝歓迎会開カル。栄一出席シ一場ノ挨拶ヲナス。
明治36年4月23日
(1903年)
第6巻 p.556-563(DK060153k)
大阪中之島公会堂ニ於テ大阪銀行集会所主催ノ全国銀行大会開カル。栄一出席シ一場ノ演説ヲナス。
明治36年5月21日
(1903年)
第6巻 p.563-565(DK060154k)
是日銀行倶楽部清国貝子載振殿下ヲ招宴ス。栄一出席シテ演説ス。
明治36年11月9日
(1903年)
第6巻 p.565-568(DK060155k)
日本興業銀行、日本勧業銀行等ト相謀リ日本銀行新旧総裁ヲ銀行倶楽部ニ招待ス。栄一出席シ一場ノ挨拶ヲナス。
明治37年10月10日
(1904年)
第6巻 p.568-575(DK060156k)
是ヨリ先、政府ハ明治三十七八年戦役費タル第三回国庫債券募集ヲ決シ、民間ノ実業家ヲ大蔵大臣官舎等ニ招キテ諮ル所アリ。
是日栄一他ノ諸家ト共ニ総理大臣官舎ニ会合シテ桂総理大臣・曾禰大蔵大臣及ビ松方・井上両伯ト会議シ、十二日大蔵省令発令サル。十四日、東京銀行集会所ハソノ募集ノ件ニツキ組合銀行協議会ヲ開ク、栄一病後初メテ出席シテ本件ヲ議ス。
明治38年2月21日
(1905年)
第6巻 p.575-583(DK060157k)
政府ハ第四回国庫債券ノ発行ノ議ヲ決シ、是日曾禰大蔵大臣ハ全国ノ銀行家ヲ官邸ニ招キテ諮ルトコロアリ。栄一銀行側ヲ代表シテ一場ノ挨拶ヲナス。
尋イデ翌二十二日銀行家一同ハ三井集会所ニ集合シテ発行額二億円ヲ一億円ニ止メ、応募ニ尽力スベキ議ヲ決シ、栄一各銀行ノ総代トシテ大蔵大臣ニ答申スルコトニ決ス。即チ政府ハコノ説ヲ採納シテ国庫債券一億円ヲ発行スルコトトシ、大蔵省令ヲ公布セリ。
明治38年2月28日
(1905年)
第6巻 p.583-596(DK060158k)
是日銀行倶楽部第四十四回晩餐会ヲ開キ、来賓トシテ大隈重信・片岡第三艦隊司令長官・山田同司令官・目賀田韓国財政顧問等出席ス。栄一演説ス。
明治38年3月15日
(1905年)
第6巻 p.596-604(DK060159k)
是日東京銀行集会所・東京交換所・銀行倶楽部聯合シテ奉天大捷ノ祝賀会ヲ開ク。栄一会ヲ代表シテ挨拶ヲ為ス。
明治38年4月22日
(1905年)
第6巻 p.605-607(DK060160k)
第四回国庫債券募集ニ際シテ政府ハ二億円ノ計画ヲ立テシモ、銀行側ノ説ヲ採納シテ半額ノ一億円ヲ発行ス。即チ今回残額一億円ヲ第五回国庫債券トシテ発行スルニ至リ、四月二十日大蔵省令ヲ公布ス。
是日、東京銀行集会所ハソノ応募ニツキ協議ヲ遂グ。栄一出席ス。
明治38年5月31日
(1905年)
第6巻 p.607-614(DK060161k)
東京銀行集会所銀行倶楽部聯合シテ日本海海戦大捷ノ祝賀会ヲ開ク。栄一会ヲ代表シテ挨拶ヲ為ス。
明治38年11月17日
(1905年)
第6巻 p.614-616(DK060162k)
是日、東京銀行集会所・東京交換所・銀行倶楽部共同シテ聯合艦隊凱旋祝賀会ヲ行フ。栄一出席シテ歓迎ノ辞ヲ述ブ。
明治39年1月15日
(1906年)
第6巻 p.616-618(DK060163k)
是日銀行倶楽部第四十八回晩餐会ヲ開キ、来賓トシテ伊藤博文、大隈重信等出席ス。栄一一場ノ挨拶ヲナス。
明治39年2月1日
(1906年)
第6巻 p.618-620(DK060164k)
是日栄一、銀行倶楽部委員長ニ推挙サル。爾来屡屡委員長又ハ委員トナル。
明治39年2月13日
(1906年)
第6巻 p.620-628(DK060165k)
政府ハ臨時事件費支弁ニ関スル法律ヲ公布シ、国債弐億円ヲ募集セントス。
栄一是日、大蔵大臣官舎ニ於ケル協議会ニ出席ス。
西園寺総理大臣他各大臣等出席シ、京阪其他ノ各銀行者来会栄一席上謝辞ヲ為ス。尋イデ数次ノ会議ヲ重ネテ三月三日当組合銀行ハ応募額ヲ確定ス。
明治39年2月17日
(1906年)
第6巻 p.628-630(DK060166k)
銀行倶楽部第四十九回晩餐会開カレ、来賓トシテ韓国財政顧問目賀田種太郎出席ス。栄一一場ノ挨拶ヲナス。
明治39年3月20日
(1906年)
第6巻 p.630-641(DK060167k)
銀行倶楽部第五十回晩餐会開カレ、来賓トシテ日本銀行副総裁兼横浜正金銀行頭取高橋是清、日本興業銀行総裁添田寿一出席ス。栄一一場ノ挨拶ヲナス。
明治39年3月26日
(1906年)
第6巻 p.641-643(DK060168k)
貴衆両院議員中ノ銀行家及東京銀行集会所組合銀行中ノ有志者発起人トナリ、東京銀行集会所ニ於テ連合懇親会ヲ開催ス。栄一一場ノ挨拶ヲナス。
明治39年5月23日
(1906年)
第6巻 p.643-660(DK060169k)
銀行倶楽部第五十一回晩餐会開カレ来賓トシテ司法大臣松田正久等出席ス。栄一一場ノ挨拶ヲナス。
明治39年6月5日
(1906年)
第6巻 p.660-662(DK060170k)
東京銀行集会所、東京交換所及銀行倶楽部三団体主催ニヨル外交官招待会開カレ来賓トシテ統監伊藤博文等出席ス。栄一一場ノ挨拶ヲナス。
明治39年8月7日
(1906年)
第6巻 p.662-670(DK060171k)
銀行倶楽部第五十二回晩餐会開カル。栄一招カレテ出席シ一場ノ韓国視察談ヲナス。
明治39年9月28日
(1906年)
第6巻 p.670-672(DK060172k)
銀行倶楽部第五十三回晩餐会開カル。栄一出席シ一場ノ挨拶ヲ述ブ。
明治39年11月21日
(1906年)
第6巻 p.672-674(DK060173k)
銀行倶楽部第五十五回晩餐会開カル。栄一出席シ一場ノ挨拶ヲナス。
明治39年12月13日
(1906年)
第6巻 p.675(DK060174k)
東京銀行集会所韓国統監侯爵伊藤博文・内閣総理大臣侯爵西園寺公望等ヲ招待シテ晩餐会ヲ開ク。
栄一出席挨拶ヲ為ス。
明治39年12月19日
(1906年)
第6巻 p.675-684(DK060175k)
東京銀行集会所・東京交換所・銀行倶楽部連合シテ元帥陸軍大将大山巌、同伯爵野津道貫等ヲ招待シテ晩餐会ヲ開ク。栄一出席挨拶ヲ為ス。